ひとりぼっちのウサギさん

  あるところに、大きな森がありました。あまりに大きすぎるので、人間は近づきませんでした。そのかわり、この森にはたくさんのどうぶつが住んでいました。彼らはとても仲良しで楽しい毎日を送っていました。
 けれども、ウサギさんだけはちがいました。森のはずれの穴ぐらにひとりで住んでいるので、だれも訪ねてきてくれません。
 だから、さみしくてしょうがないウサギさんは、いつもいつも友だちがほしいと思っていました。

 今日もウサギさんはひとりでごはんを食べ、ひとりで遊びました。
 さみしくてさみしくてしかたがありません。
 穴の中で遊ぶのにあきたウサギさんは、外に出ることにしました。
 けれどもう太陽さんが山の向こうへ沈んでしまったあとだったので、外は真っ暗になっていました。きらきらと、お星さまも輝いています。
 そんな空の真中にまん丸いお月さまが見えました。
 それを見たとたん、ウサギさんは大きな声を出しました。
「お月さまにウサギがいる!」
 よくよく見てみれば、たしかにウサギのかげが見えます。
 友だちのいないウサギさんは、うれしくて仕方がありません。
 そのウサギさんは、じっと見ていても去っていったりしないので、ますますうれしくなって、毎日毎日月を眺めました。


 しばらくたったある日から、ウサギさんは見ているだけでは物足りなくなりました。
「見ているだけじゃなくて、一緒に遊びたいなぁ。」
 月のウサギは何かを大きく振り上げていました。それは、ウサギさんにとって見たことのない遊びに思えたのです。
「決めた! あのウサギに会いにいこう!」
 そうして、出かける準備をしたのです。


 ぴょん、ぴょん。
 ぴょん、ぴょん、ぴょん。
 ウサギさんは飛び跳ねて、森のまん中あたりの広場に向かっていました。そこなら広々としているからです。
 しばらくいくと、広場にでました。そこでは、木たちにじゃまされずに、お月さまがみえました。
「よぉし!」
 ウサギさんは、月にめがけて飛び跳ねます。そうです、ウサギさんんは飛び跳ねて月に行こうとしていたのです。
 しかし、どれほどはねても、月に届きません。悲しくなってしょんぼりと耳をたれました。
 そんなところに、ネズミさんが通りかかりました。ネズミさんはこの広場の近くに穴をほって住んでいます。
「森のはずれのウサギさんが、どうしてこんなところまで出てきたの?」
 ネズミさんに訊ねられたウサギさんは、話しました。
「月のウサギに会いに行こうと思ったんだ。でも、どんなに飛びはねても月に行けないんだ。」
 ネズミさんはふんふんとウサギさんの話を真剣に聞いてくれました。
「じゃあ、こうしたらどうかな? 木の上に登ってそこからジャンプするのは?」
 ウサギさんは、ネズミさんのすすめで、木に登ってジャンプしました。
 手を伸ばしてお月さまに乗ろうとがんばります。しかし、その手は届いてくれませんでした。
「無理だよ。ぼくは月にいけないんだ。」
 ぽろぽろと涙を流すウサギさんをネズミさんは優しく諭します。
「大丈夫、ウサギさんがあきらめなかったら、友達ができるんだよ!」
「そうかなぁ……」
 ウサギさんは顔を上げました。
「でも、どうすれば月へいけるかなぁ?」
「そうだ! はしごをつくって、それで月まで行けばいいんだよ!」
 ネズミさんはそうはげますと、ウサギさんは言いました。
「それは良い考えだ! ぼく、明日までにはしごを作ってくるよ!」
 ネズミさんと別れた後、ウサギさんは走り出します。ぴょんぴょん、足どりも軽く家へと帰りました。


 ぎぃこぎぃこ。とんてんかんてん。
 森のはずれから、いろんな音が聞こえてきます。そうです、ウサギさんがはしごを作っているのです。
「どれぐらい長かったら、月にいけるかなぁ?」
 考えてみましたが、分かりませんでした。
 結局、見上げると首が痛くなるぐらい高い木と同じぐらい長いはしごを十本つくりました。


 その夜、ウサギさんは野原へとはしごをもって行きました。
「さぁ、のぼるぞ!」
 いきおいをつけて、大きな木にたてかけたはしごをつぎつぎと上っていきます。
 よいしょ、よいしょ。
 大分上がってきましたが、まだまだのぼれます。ウサギさんはうれしくて、がんばってのぼっていきました。
 やがて一番はしごの上までのぼってきました。けれども、手をどんなに、いっしょうけんめいのばしても、月に届きません。
 そのころ、下からネズミさんが声をかけてきました。
「どうだい? 手は届いた?」
 大きな声で、返事をします。
「だめだよ! こんなに長いはしごだけど、月にはとどかないよ!」
 ためいきをついて、ウサギさんははしごをおります。それにつれて、だんだん月がとおくなっていきました。
「ウサギさん、元気をだしてよ。」
 しょんぼりしているウサギさんをネズミさんは励ましました。ウサギさんは、もう月には行けないんだと言います。
「大丈夫だよ、こっちから行けないなら、向こうから来てもらえばいい」
 その言葉に、ウサギさんはどうやって?と訊ねます。
「大声で月のウサギをよぶんだよ!」
 その方法は、とても言いように思えました。
「じゃあ、ぼくよんでみるね!」
 口を大きく開けていきをすいこみました。そして、口に手をあててさけびます。
「月のウサギさぁん! 聞こえますかぁ!?」
「月のウサギさぁん! 返事してください〜!」
「月のウサギさぁん! ……」
 空からは何の返事もかえってきません。
 しょんぼりしたウサギさんのよこで、ネズミさんはぽつりと言いました。
「……返事ないね」
「月が、きっと遠いんだよ。ぼくの声が聞こえないぐらい」
 少し欠け始めた月では、相変わらずウサギさんが何かを振り上げています。
 その前をすぅっと一羽のこうのとりさんが飛んでいきます。
 こうのとりさんは、郵便屋さんです。きっと、今日も手紙を届けているのでしょう。
 それを見たネズミさんが声をあげました。
「そうだ! ウサギさん、手紙を出してみたらどうかな?」
「手紙?」
「そう。それで、こうのとりさんに届けてもらえば良いんだよ」
 ウサギさんは、考えました。そうすれば、手紙のやりとりができる、と。
「じゃあぼく、明日手紙書いてくるから、ネズミさん見て?」
「え、ぼくが?」
 聞き返したネズミさんに、ウサギさんはうなずきました。
「じゃあ、また明日」
 ぴょんぴょん、はねてウサギさんは帰りました。


 大きな葉っぱをたくさん摘んできました。そこに、木の実の汁をつけた小枝で、手紙を書いていきます。
「えっと“月のウサギさんへ、はじめまして……」
 ウサギさんの手紙は、葉っぱ三枚分になりました。


 野原へ駆けていくと、すでにネズミさんがいました。じぃっと月を見ています。ウサギさんを待って、時々きょろきょろと周りをみています。その姿を見ていると、ふとウサギさんは気付きました。
 もうさみしくない、そのことに。
 どうして月に行く必要があるのでしょう、どうして月のウサギと仲良くなる必要があるのでしょう。
 よこにはもう、ネズミさんという友だちがいるのに。
 ウサギさんの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれてきました。
 その泣き声でネズミさんは後ろを向きました。
「ウサギさん、どうしたの?」
 優しい声をかけてきてくれましたが、答えることができません。
 かわりに、ウサギさんは持ってきた月のウサギへの手紙を、びりびりとやぶきました。それは風に乗って空へと昇っていきます。
「それ、月のウサギさんに出す手紙じゃないの!? どうして、やぶいちゃうの?」
 その言葉に、ウサギさんは答えます。
「だって、もう必要ないんだ」
 不思議そうなネズミさんの顔を見つめて、言いました。
「ネズミさんという友達がいるから、ね」
 驚きを顔に浮かべたネズミさんはすぐ笑って言います。
「うん! 僕は、ウサギさんの友達だよ!」


 あるところに、大きな森がありました。あまりに大きすぎるので、人間は近づきませんでした。そのかわり、この森にはたくさんのどうぶつが住んでいました。彼らはとても仲良しで楽しい毎日を送っていました。
 森の外れに住むウサギさんも、今はネズミさんをはじめ、たくさんの友達ができて、楽しい毎日を送っています。


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