炎の証明 Who done it?


 机上に置かれた銀色のつぶれた物体に対して、カナエさんが言う。
「おそらくこの金属量から言って、ネックレスか指輪。ネックレスならもっと平たくなるはずだから、指輪。金属の希少なこの時代に、このような金属類の装身具を身につけて入るのだから、恐らく二番目のお客様」
 反対側に座っていたセヤマさんが深いため息をつく。
「うわー、完璧な答えね。これで、五戦五敗か」
 僕は耐え切れず、音を立てて事務所の扉を開けた。
「なんて話をしてるんですか!?」
「ちょっとした遊戯よ、遊戯。こんなことで、目くじら立てられちゃ、こんな仕事やめたくなるわ」
 セヤマさんは立ち上がって、コーヒーを淹れている。シロップを落として、うるさくスプーンをかき回す。
「あー、でももうこの遊びも終わりね」
 良かったわねコモノ、と話を振られる。
「どういうことですか?」
「こないだニュースでやってたの。新しい金属が見つかったんだけど、ここの温度では熔けないぐらい融点が高いらしいのよ。なんか毒性もあってね、今調査中だって」
「つまらないな」
 間髪入れずに発せられた感想に、思わず牙を向く。
「カナエさんも、そういうことを言わない! だってここは……」
「焼き場だ、って言うんだろう」
 分かってるそんなこと、と返される。言葉につまっていると、カナエさんはきびすを返した。
「次のお客様でも着たんだろう? 仕事に戻ろう」
 僕は不満を露わにした顔で、それに続いた。


 ヒールで廊下の床を打ち叩きながら歩くカナエさんが言う。
「次のお客様はどういう人だ」
「ここらで有名な富豪のカリョウ家の長ですよ、手広く商売をしていて彼の代で一山築いたとも言われるぐらいです」
「そんなことは聞いていない」
 不機嫌そうなカナエさんの態度に首を傾げる。しかし思い当たって、口を開いた。
「金属類はそれこそたくさんつけていらっしゃるでしょうね」
「ちがう、太っているのかと聞いたんだ」
「……」
 そんなこと知るものか、と僕はそっぽを向いた。


 親族は意外と涙に暮れていなかった。それどころか、何故か戦々恐々とした雰囲気が漂っている。カナエさんがこれからのスケジュールを説明している。
「――ですので、ご遺体をお預かりしている間、別の間でお待ちください」
「じゃあ、もうその別の間に案内してもらっていいわ」
 前の方にいた若い女性が口を開いた。
「そんなことを言ったら、せっかく説明してくださっているこちらの女性に失礼じゃないか、カザリ」
 その横に居た長身の男性がたしなめる。しかしそれは表面上のことに思えた。カザリと呼ばれたその女性は、口を尖らした。
「まぁ、気持ちは分からないことないけどね。君もそうだろう、タクミ」
 小さい背の男性も口を出す。長身の方が、それに口ごもった。その後、ミエ君って人は……と小さく呟く。
「言い合いしているより、早くすませちゃいましょ」
 タクミさんの母らしき人がそう言う。そうしてカナエさんにまた、発言権が回ってきたらしい。親族が一同に彼女の方を向いた。
「はい、別の間には二時間ほど、居ていただきます。その後、お骨を拾っていただき、終わりとなります。その間、申し訳ないのですけれど、この会館の中でお待ちください」
「大丈夫です、私がちゃんと見ています」
 顧問弁護士のノリと名乗った人物が口を開く。カナエさんもお願いしますと頭を下げている。
 見回してみると、先ほど話していたカザリ・タクミ・ミエの三人に付随するそれぞれの親族たちがいるらしい。三つのかたまりに分かれている。 ただその三つを行き来している人物が目に入った。思わず近くに居たノリ弁護士に聞いてみる。
「ああ、あの方はクスシ医師ですよ。カリョウ家に来ていただいているZ大の方で……」
「Z大というと?」
「医学部、薬学部の権威とも言われる人物たちを数多く輩出した大学ですね。理工学部も最近新金属の調査で有名になりました」
 大学も出ていない僕には難しい話だ。学部の名前から何をしているかなんて分かりづらいことこの上ない。
「ここに来られている方々ってどういう血縁の方まで集まっているのですか?」
 何となく普通であつまる人数より多い彼らの話に変えてみる。ノリ弁護士は嫌がらずに、応えてくれた。
「そうですね、まず故人の息子・娘が五人、その子ども―孫ですね―が三人。先ほどのカザリさん、タクミさん、ミエさんです。それぞれ故人の子に伴侶がいますから、それだけで十三人。あとは故人の甥・姪やその子どもなど総勢で七十ほどになりますか」
 それは部屋もぶち抜く必要がある、と先ほどはずした襖の重さを思い出した。
 僕がノリ弁護士と話していた間にも説明が続けられていたらしい。最後の方まで来ていた。
「最後のお別れは……」
「よろしいです」
 きつそうな中年の女性にきっぱりと言われる。ノリ弁護士が耳元で、カザリさんのお母様です、と伝えてきた。カナエさんも首をかしげて、他を見回すが反論する人は誰一人いない。
 僕は変だなと思いながらも、それに従って棺を押し進めた。


 それではこの間でお待ちください、と告げて退室しようとすると、ノリ弁護士から呼び止められた。
「すみませんが、あなたたちも残ってください。今から遺言書を開けるので、その立会人になっていただきたいのです」
 カナエさんはすぐさま履いたサンダルを脱いで、部屋の隅に座った。僕も倣う。実を言うと、こういわれることはままあるらしい。僕は未経験だけれど。
「では開けます」
 用意しあったらしいペーパーナイフで白封筒の封を切る。中から便箋一枚と一回り小さな封筒が出てきた。ノリ弁護士は封筒を脇において三つ折の便箋を開いた。
「“遺言書”」
 ノリ弁護士が朗読し始めると、皆がつばを飲み込んだのが分かった。誰一人として発言のないこの部屋はこれ以上ないほど静寂に満ちていた。
「“私、カリョウ オサが死す時。それは私が殺されたときである”」
 ざわり、と大きくざわめいた。しかし続きを促すように、すぐ静まり返る。
「“私の財産を相続する者は、我が長女が娘・カリョウ カザリ、我が長男が子息・カリョウ タクミ、我が次男が子息、カリョウ ミエのみの三者とする”」
 やった、と小さく呟いたのが耳に届いた。
「“ただし、この中で条件を満たした者だけとする”」
 カガリを盗み見ると、表情がくるくると変わっている。今は怪訝そうな眉の寄せ方をしていた。
「“私を殺した犯人を見事突き止めた者、それだけが私の財産を相続できる”」
 そのあと、彼の名前が読まれ、ノリ弁護士は卓の上にその便箋を置いた。
「どういうことよ!」
 おじいさまが殺されていたなんて知っていたの、とカザリさんがノリ弁護士に詰め寄る。
「いいえ。確かにこういう遺言書をお書きになっていたことは知っておりました。しかし実際にあんな死因とは思いもよりませんでした」
 頭を下げるノリ弁護士を傍目で見ながら、カナエさんに小声で尋ねる。
「死因って……」
「不明」
 えーだから死因ですよ、というと、だから不明だそうだ、と返ってきた。
「外傷もないし、内臓なども欠陥は見つからず、綺麗だったそうだ。だから死因が分からなかった」
「そんなことってあるんですか」
「今実際にここにあるじゃないか」
 バカなことを聞くな、とにらまれた。そのまま角で小さくなっておく。その間もカザリさんはノリ弁護士を問い詰めていたらしい。そこへ辛らつな一言が飛んだ。
「カザリ、君がそうキャンキャンほえていると、疑われる一因となるよ」
 彼女は発言主のタクミさんをにらんだ。しかし、そこにまたもやミエさんが飛ばす。
「そういうタクミもだよ」
「ミエだってそうでしょ!?」
 私たちは皆財産を受け取る可能性があった人物なのだから、とにらみ合いをはじめようとする。
「カザリ」
 冷たい声が呼んだ。
「お母さま……」
「およし、それらに言ったって何もわかりません」
 お前がしていないことは自明のこと、と続ける。そこへまたもや新しい声が来る。
「姉上、貴方は娘の行動をいちいちご存知だというのか?」
「違います。しかし、やっていないことをやったと偽ることがどうして必要で?」
 確かにやっていないならばですが、と嫌な笑いを見せる男に、タクミさんがお父さんやめてくださいと仲裁に入っていた。
「親たちがこのようでは、子どもも高が知れてるわね」
 そこに口を挟んだミエさんの母が、タクミさんの父とカザリさんの母に向かって嘲笑を投げた。それに言い返そうとして、カザリさんの母が思わず胸を押さえる。慌てて、クスシ医師が駆け寄った。
「言っておいたでしょう。あまり興奮されると、苦しくなりますと」
 彼は故人の医師であるだけでなく、一族の医師でもあるらしい。道理で顔が広いと思った。
「――コモノ」
 隣に無言で座っていたカナエさんが呟いた。
「もうここにいる必要はない。行こう」
 立ち上がった彼女にならって僕も立ち上がると、慌てたようにカザリさんが近づいてきた。
「ちょっとまって、お手洗いの場所を教えてちょうだい」
 カナエさんの顔を見ると、彼女もこちらを見ている。その目がお前がやれと語っていた。
 ふつう女の子がお手洗いの場所を聞いたら、同性が案内すべきなんじゃないんですか。そんな文句は後が怖いので胸に仕舞っておいて、カザリさんを案内するため、サンダルを履いた。


 “お手洗い”というのは正確には嘘だった。確かに寄ったには寄ったのだけれど、彼女はそれを寄り道のように捕らえ会館内をうろうろとしていた。
「カザリさま、部屋に戻っていただけますか?」
「いやよ。タクミにもミエにも先を越されたくないの。おじいさまの遺産は私が絶対貰う」
 それほどまでに執着しているのか、と守銭奴を見るような目で眺めていたらしい。彼女はこちらをじろりとにらんできた。
「私のことをなんて欲深だ、なんて思ってるでしょう?」
「い、いえそんなことは……」
「いいのよ、事実だもの」
 あっけらかんと言い放った彼女に眉をひそめた。
「本当の欲深はおじいさまよ。絶対儲けを私たちにもたらそうとはしなかったの。それなのに、同じ家に住めとか、色々うるさいことばかり! 最近は私の服装まで口を出していたのよ」
 成人した孫を捕まえてすることではないかな、とそちらの常識がないなりに考えてみる。
「だから、私はおじいさまが嫌いだった。死んで清々したわ。だから溜め込んだ儲けは私が貰う。貰って、ばっと使ってやるわ」
 だからあんたはもういいわ、と追い払うように、手を振られる。
 どうしようもなくなった僕は、とりあえずノリ弁護士に報告しておけばいいか、と彼女の守を投げた。


 皆が待つ間に戻ってカザリさんについて報告していると、今度はミエさんが近づいてきた。
「ねぇ、君。ぼくもどこか連れてってくれないかな」
「お断りします」
 もう守はこりごりと返事すると、彼は意地悪く笑った。
「君はぼくらのおじいさんの遺言を聞いたんだろう? なのに、カザリを優遇して……。三人は平等に扱ってほしいな」
 ねぇタクミ、といつの間にか背後に立っていたもう一人にも声がかかる。
「ああ、確かに。俺も平等じゃないのはいけないと思っていた」
 二人に迫られて、またもや会館内をうろうろとすることとなった。


 二人の前をとぼとぼと歩きながら、振り返る。二人は何も話さず、場は静かだった。
「あのう……」
「なんだ」
 タクミさんが応えた。
「あのですね、カザリさんが故人の方を嫌いだった、とおっしゃっていたんです。お二人はどうだったのかなと思って」
 ミエさんが噴き出す。
「いや、コモノくんだっけ? 君、それは三人のうちの誰かが犯人だろうって思ってるの?」
「違います! 違いますけど……」
 なんとなく故人があまり大事にされていないように感じた。
「まあ、いい。答えてあげようじゃないか」
 じゃあタクミからどうぞ、とミエさんが手を向ける。
「俺も正直嫌いだったよ。あんなじじい、早く逝けばよかったんだ。俺の機器開発は無駄が多すぎるとか、いちいち口出しやがって」
「右に同じ。ぼくだってそんな古い演出でどうするだ、とかもっと考えて脚本を書けとか文句ばっかり」
 ミエさんは笑う。
「誰だってそうだ。ぼくたちだけじゃない。あそこにいる親族は皆、それぞれやることなすこと口出されて。おじいさんが逝って、清々した奴ばかりさ」
 じゃあ誰が犯人でもおかしくないんですね、とふざけたように言ってみると、お前もはっきりものを言うな、とタクミさんに言われた。
 かつかつ、と前方からヒールの音がしたので前を向くと、カナエさんが歩いてきた。いつもの調子で口を開こうとしたのだろう、後方の二人に目を留めて一度開いた口を閉じてから、言った。
「ただいま、故人のお骨あがりました。納骨室までお越しください」
 そうして僕の腕を引っ張った。


 銀色のトレイに並んだ骨は、不気味なほど白かった。僕は必要な物を別の小さなトレイに載せて差し出すようにしていた。例によってカナエさんが説明している。
 彼らはそのトレイから壷を持ち上げる。しかしカザリさんの声でその手は止まった。
「ちょっと! これみて!!」
 骨盤の横辺りに手を差し伸べて、彼女は何かを拾い上げた。先の片方が丸くもう一方がまっすぐの円筒状のもの。綺麗な形で残っていたそれは。
「……弾丸」
 誰かがぽつりと呟いたそれで、皆がタクミさんの方を向いた。僕も釣られて、そちらを見る。
「タクミ! あなた、猟銃の収集が趣味だったじゃない!! あなたが撃ったのね!」
 だからおじいさまが亡くなったのはあなたのせいね、と鬼の首でもとったようにカザリさんの声が響く。
「ちがう! そもそも医師は何も分からなかったじゃないか。銃で撃ったなら身体に穴が開いててもいいだろ!!」
「おじいさんは、いくつか手術跡があった。そのうちにまぎれこませたのかもね」
 ミエさんが冷たく追い詰めていく。
「俺じゃない! 確かに猟銃は集めてる! でも、弾なんて買ったことなんか……」
「そんな言い訳で、逃れられると思ってる?」
「思ってない! けど、俺がその弾丸をって証拠もないだろう?」
「詳しく調べれば分かるかもしれないわね。あ、指紋とか!」
 弾丸をはさんだ言い合いのうち、タクミさんがだんだんと覇気をなくしていく。何も言わない親族たちも疑いの目で彼を見ていた。
「まあまあ。とりあえずおちつきましょう。彼が犯人だという確証はありません。えっと、カナエさん?」
 ノリ弁護士があいだに入った。呼ばれたカナエさんは近づいてく。
「一度別の間に戻ってもよろしいですか。落ち着いてからまたこちらへ……」
「よろしいですよ。このまま保管しておきます。今日はもう他のお客様はこられませんので」
 その返事にノリ弁護士がすぐさま戻るよう伝える。彼らは何も言わず従った。その中で、タクミさんの母が蒼白な顔色で医師に支えられながら退室していく姿が目についた。


 誰もいなくなった納骨室で、カナエさんはおかしいと呟いた。
「奇妙すぎる」
「何がですか? あ、故人が痩せぎすだったとか?」
「……お前、何の話をしているんだ」
 お客様を迎え入れる前の話は忘れているらしい。その脳が憎たらしい。
「これだよ、これ」
 彼女が手袋をした指で掴んだそれは。
「さっきの弾?」
 何がおかしいのかさっぱり分からない。どう見ても弾丸だったからだ。それ以外に何に見えるというのか。しかしその考えをカナエさんは綺麗に断ち切った。
「そう、弾と分かるところが奇妙すぎる」
 他の金属はこうなってるのにな、と空いた手でつぶれた銀色の何かを拾う。
「これが何か分かるか?」
「え、えっと、指の辺りに落ちていたから、指輪?」
 ほらみたことか、と鼻を鳴らされた。どういうことですか、と不機嫌そうに言うと、答えが返ってくる。
「これは指輪じゃない。ブレスレットだ。指輪だと金属量が少し違ってくる上、もう少しまとまりを持った形に熔ける」
 こうやって素人目にその金属が何だったか判断することは難しい。分かるか、と聞かれ、しぶしぶうなずく。
「じゃあ、これは何なんですか」
「セヤマが言っていたじゃないか」
「セヤマさん?」
 楽しいことが好きな同僚の顔を浮かべる。しかし何を指しているのかいまいち分からない。そのことを感じ取ったのか、カナエさんが口を開いた。
「新たな金属が見つかった。ここの火にくべても、熔けない金属、ってな」
 確か毒性を含むと言っていた。
「まだ発見されて間もない金属の毒ならば、警察が調べてもデータにはあがらないだろうな。死因は不明で済む」
 方法は考えたが火は全てを明らかにする、とカナエさんが呟いた。


 失礼します、と挨拶をして部屋に入ると、未だ言い合いは続いていた。しかしタクミさんには発言権が与えられておらず、すでに犯人であるも同然の扱いだった。その間を抜けて、ノリ弁護士を呼び出す。
「すみません、あのですね、ちょっと質問なんですけど、犯人をあの三人以外が突き止めた場合って遺産がどうなるか指示はありますか?」
 そのとたん、優しい笑みを浮かべた。
「もしかして、コモノさんは分かったんですか?」
「い、いや僕じゃないんですけど!」
 そこはきっぱり否定しておく。手柄を横取りすると、カナエさんは烈火のごとく怒る。
「大丈夫ですよ。むしろ、あの方はそうなることを望んでおいででした」
 ノリ弁護士はそうしみじみと言った。犯人を教えていただきましょうか、と笑みを浮かべられた。


 納骨室に再び人々が呼び集められた。まだぶつぶつとカザリさんは言っている。
「何よ、まだ納骨なんてする気分じゃないわよ」
「納骨していただくために、こちらにお呼びしたわけではありません」
 カナエさんが静かに言う。
「じゃあ、何のために呼び出したんだ?」
「……私が犯人が分かったといったら、どうしますか」
 場がざわめいた。その中で、一人高い声が響く。
「どういうこと!? でも、遺産がこの女にいくってことはないのよね!」
「ノリ弁護士に確かめました。それはありません」
 かわって僕がなだめる。そうしてカナエさんの話の先を促した。彼女はまた通る声で続ける。
「まず、この金属は普通の金属ではありません。恐らくは最近新たに発見されたという金属ではないかと思われます」
 弾といわれたそれを持ち上げて言う。それは確かに綺麗なフォルムを描いていて、熔けた形跡はなにひとつとしてない。
「本当に弾丸なら、それは焼き場の温度では熔けてしまい、このように綺麗に形が残ることはないのです」
 その発言に周りがざわめく。まあ確かに毒があるとか、や、その毒が身体に回ったってことか、など小さく聞こえる。その中で大きく反対意見が出された。
「しかし、新たな金属はまだ調査中で市場には出回ってないぞ」
「だからこそ、犯人が分かるのではないですか」
 こつこつ、とそちらへとゆっくり寄っていく。
「この金属はZ大の理工学部、医学部で研究されていると聞きましたが」
 その肩を二度叩く。
「ね、クスシ医師?」
 彼はかすかに震えていた。それが彼の動揺を知らせてくる。
「確かに、私の、大学で、研究されております、が」
「もしそこからこの“弾丸”と同量のこの新金属が盗まれていたらいかがでしょう。この金属は粉末にして、ある元素を加えると成型できるとお聞きしました。もしかしてその元素とは、酵素だったりしませんか?」
 わ、私は……、と口ごもった。それが肯定のしるしだった。
「体内の酵素が作用し、この弾丸のように胃腸内で成型されてしまったのでは?」
 彼は掌をぎゅっとこぶしにして力を入れた後、その手を開いた。
「そうですよ。私が、あれに毒を盛りました」
 ばれないと思ったんですけどね、と苦笑いした。
「どうして、殺したの?」
 カザリさんが本当に不思議そうに、首を傾げるようにして尋ねた。
「どうして? それを聞きますか? 大学の研究室では、新金属の毒性についての研究が始まっているんですよ。なのに私は金を持っているだけの先短いじじいやその一族の面倒を見なくちゃいけない。もし自分がその毒性に関する新発見をすれば学会に名も売れるだろうに、その可能性もなしに等しい。そんな先暗い将来さっさと捨てたかったんですよ」
 馬鹿だねあんた、とカナエさんが素に戻って言う。
「ばれたら、刑務所送りだ。そのロスを考えたら、良かったのにな」
「いいんですよ」
 私はこんな生活からただ開放されたかった、それだけだから。
 そう淋しい言葉が納骨室に響いた。


 部屋に戻って、ノリ弁護士が遺言書の封筒から出てきた小さな封筒を開けた。
「皆さん、聞いてください。遺言書の続きです」
 ざわざわとしていた部屋が一瞬のうちに静かになった。そうなってから、ノリ弁護士は読み上げ始めた。
「“私はこの書が読まれることを切に願う。この書は三人以外が真相を暴いた場合、開かれるものとする”」 
 今の状況だ。
「“まず、我がカリョウグループのうち、服飾部門の長をカリョウ・カザリにまかす”」
「服飾……」
 きょとんとしたような顔で、カザリさんが呟いた。
「“次に精密機械部門の長をカリョウ・タクミにまかす”」
 タクミさんが奇妙な顔をして、ノリ弁護士をにらむ。
「“最後に芸能部門の長をカリョウ・ミエにまかす”」
 ミエさんは目を閉じた。
「“そのほかは、別紙に記したとおりに動け。そうして三大部門を支えよ”」
 最後に一言添えられていた。
「“彼らは私の思う以上に、その才を伸ばした。もう私は要らない。存分にやれ”」
「おじいさん、ぼくはやります」
 ミエさんが真剣な顔でそう告げた。
「今まで色々言ってきたのは、俺らを教育するためだったんだな」
 タクミさんが感慨深げに呟く。
「まー、男どものほうが感情に流されやすいのね」
 でもいいわ、とカザリさんが言う。
「私も受け取ります。おじいさまの采配に感謝します」
 三人はその手紙に対して、頭を下げた。


 納骨が終わり、ノリ弁護士に話しかけた。
「あなたの言う、望まれていた終わり方。良かったですね」
「あの方は、多くの方向に手を伸ばされた方でした。しかし、自分の命ももう残り少しと実感されたとき、この三つを重点的に伸ばすこととされたんです」
 すべてはあの子達のため、とノリ弁護士。
「自分と同じ家に住まわせ、そうして彼らも教育されていった。本当に大きな財産を残していったものです」
 最期はあんな方法で殺されてしまいましたが、と息を吐いた。
「私たちはこれでおいとまします。長い時間、お世話かけました」
 頭を下げられて、これで終わりか、と思った。


 カナエさんと後始末をして、事務所に戻る。
「しかしカナエさん、すごいですね。犯人を当てちゃうなんて」
「まあ、あてずっぽうだったがな」
「……えっと推理したわけでは」
「ないな」
 あまりにもきっぱりと言われて、開いた口がふさがらない。
 でもまあ、それであのカリョウ家が円満に行きそうだし、いいかと投げ出す僕も僕なのだろう。そう思った。

 Who done it? ―証明終了―


蒼傘屋
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