仕立屋侍女の春告げ

  時折激しい揺れを生み出す幌付の馬車の中で、私は目を覚ました。ついでに、身体も起こす。そのために身体にかけていた厚い毛布が落ちて、外気の温度を伝えてきた。眠りに着く前に感じたそれより、はるかに冷たい空気は、相当の高さを登って来たと教えてくれた。
 私が起きたのを感じたのか、幌が上がり馬車を操る彼が頭を覗かせて、告げた。
「仕立屋侍女さん、もうすぐ着くよ」


 仕立屋侍女。それが私の通り名。
 ドレスをつくる相手に仕え、相手を知り、そして仕立てる。そうやって今まで何着ものドレスを仕立ててきた。普通、仕立屋は採寸、仮縫い、お届けの三回ほどしか相手に会わない。むしろ、その仮縫いやお届けも仕立屋自身が行わないことも多いぐらいだ。
 けれども私は違う。その三回はおろか毎日顔を合わせ、相手を世話する。侍女の仕事と仕立屋の仕事を両立させるのだ。
 それが噂になったかどうかは私自身定かでない。けれど、いつからか私は、仕立屋侍女の名で呼ばれるようになった。
 この時もその依頼主の元へ――正確には依頼主の娘の元へ、赴いている道中であった。

 今回の依頼主には、今年十四となる娘がいるそうだ。十四は社交界にデビューする歳と定められている。社交界のデビューの場とされている国王主催の夜会には、夜用のドレスを着ることが慣例とされている。私はそれを彼女につくるのが、これからの仕事だった。


 その少女は、北方の山の山頂近くに建てられた屋敷に住んでいる。私は生地屋の青年に頼み、馬車でここまでつれてきてもらった。
 馬車から降りて、彼にお礼を告げてからその扉を叩いた。中から扉を開けたのは、中年の女性。首のつまった色のないドレスを着ている。仕事着と呼ばれるそれは、彼女がこの屋敷の誰かに仕えている証拠だった。
「どちら様でしょうか?」
「お嬢様のドレスの依頼を受けました仕立屋でございます」
 私が告げた素性に眉をあげた。気に入らないようだ。主人の呼んだ人間に対してにしては、露骨すぎるそれに、私も首をかしげた。
 しかし、その謎はそのあと案内された依頼主との対面で、答えが告げられた。
「仕立屋侍女、これがわが娘だ」
 そう紹介された先に座っていたのは、静かながら口を真一文字に結んだ少女だった。笑えば花が咲いたようだろう、しかし彼女は笑顔を見せなかった。
「今年社交界へ出るのでな、ぜひとも名高い仕立屋のあなたにワインドレスを頼もうと」
 まぁ、これに反対されたのだが、と今度はその少女のそばの女性の方にあごをしゃくった。そこに立っているのは、先ほど出迎えた女性だった。
「これは娘の伯母で、今は娘の後見人をしておる。彼女は屋敷にいる縫い子で事足りるというのだよ」
 ため息をついて、二人を見やる依頼主に、私は力関係を見て取った。このお嬢様のことは、すべて伯母が牛耳っているのだろう。
「まぁ、とりあえず、ここまで来たんだし、よろしく」
 その依頼主の言葉に、頭を下げた。


 お嬢様の部屋へ行くと、彼女は夕食のために着替えるところだった。
「改めまして、お嬢様」
 声をかけたが、こちらを向かない。もう一度声をかけるが、無視されているようだ。
「お嬢様、今日から衣装係侍女をつとめさせていただいます」
 ちらり、とこちらを見た。
「……あなたとあまり口をきくなって言われてるわ」
 でも、あなたも仕事だものね、と脱いだドレスを放り投げられた。しわを伸ばしてから、棚へと仕舞いこむ。北方の特徴である厚い生地だった。
 棚に仕舞われている他のドレスも厚くて堅い生地であった。
「お嬢様は、この屋敷から出たことはおありですの?」
 こちらを見つめてから、ため息をつく。
「こんどの社交界デビューで、初めて出るわ」
 伯母様が許してくれないの、と言う。今度のことも、いい顔しないのよ、とも。
「伯母様は社交界なんて出なくてもいいというのよ。だから、あなたがドレスを作ってくれても私が腕を通すことは一度もないとおもうわ」
 棚から深い緑色のドレスを取り出して、彼女に着せる。おとなしく従う彼女は悲しそうな表情を浮かべた。


 数日間、彼女が放り投げるドレスを受け止めた。いつも悲しそうな顔や不機嫌そうな顔ばかり。そうして、私に言う。「ドレスなんて何でもいいんだわ」と。
 棚に入っているドレスは暗く重い色ばかり。彼女の気持ちそのままのようなドレスだった。彼女はその中から適当に選んだドレスを着て、それを放る。身につけるものはなんでもいい、という風に。
 それが仕立屋の私としては、悲しいことだった。


 窓の外を見る。まだ雪は厚かった。夜は寒く、布団を重ねてかぶらないと、眠れないほどだ。お嬢様の心も厚く雪で覆われたよう。後見人の伯母に押さえ込まれ、笑みを奥深く仕舞いこんでいる。
 でも春は来る。雪は解けていく。私が来たのは、その春を告げる風を舞い込ませるためなのだと、思った。


 生地屋の彼を呼ぶと、幌付の馬車にたくさんの生地をつめて、山を登ってきてくれた。
「ありがとう、いつも世話になるわ」
「こちらも商売だから。今日はどういう衣がご入用?」
 彼が幌をめくる。その中に頭を突っ込んで、いくつか布を取り出した。それと数本の刺繍糸とレース糸。
「どんなドレスができあがる?」
 ゆったりと聞いてきた彼に、微笑みかけた。
「秘密、よ」


 朝早く起きた。今日からドレスを作っていく。まず紫と桃のレース糸を桜花の意匠で編み込んでいく。それだけで一日を使い切りそうだ。
 日が山の間からのぞいた頃に、お嬢様の部屋へと向かう。すると、彼女はベッドに座って待っていた。
「……今日は、待っていてくださったんですね」
 お嬢様は答えず、代わりに言う。
「昨日、生地屋が来たって聞いたわ」
「はい。今日からドレスを作り始めております」
 戸惑ったような顔を見せた。それから命令する。
「今日はあなたが選んでちょうだい」
 彼女が指差す棚へと一礼してから歩み寄る。そして開けた。
 はじめてもらった彼女からの仕事だった。お嬢様の満足するものを選びたい。
 そう思って選んだのは、紺に白のレースをあしらったドレスだった。薄い金の髪に、青い瞳にあわせた。
 鏡台の片隅に置かれた宝石箱をそっと開ける。埃をかぶっていたその箱の中には、守られたように輝いた装身具が仕舞われていた。そこからブルーサファイヤの髪飾りを取り出して、脇の髪を後ろで止める。隠されがちだった表情が表へと現れた。
 落ち着かないように鏡の中の自分を見つめるお嬢様が、そっと呟いた。
 ありがとう、と。
 それは私を温かい気持ちにした。


 ドレスを白いシフォンで作る。そうしてコルセットを桃の布に紫の刺繍を施したもので作った。そうすれば、下からうすくうつってみえるはず。下衣の方も、下から色がちらちらと透けるようにした。夜用のドレスは肩を出すきまりがある。けれど、彼女ははじめてこのようなドレスを着るのだ。しっかり出すのではなく、シフォンの色布で包んで、ちらりと見える程度にした。
 そこまで縫い進めて、ふと外を見やる。雪は依然積もっていたが、以前よりその厚みが減っていた。
 そのことに、私は笑みを浮かべた。


 いつもの仕事着ではなく、昼用のドレスを身にまとい、箱に仕舞ったドレスを持って、お嬢様の部屋を訪ねた。私が仕事着でないことに、驚いたようだったが、手にした箱を見て、ごくりとのどを鳴らしたのが分かった。
「お嬢様、ドレスが出来ました。よろしければ試着いただけますでしょうか?」
 その言葉に、ベッドからそっと立ち上がってこちらへと歩み寄る。部屋の中ほどで止まって、寝間着を脱いだ。
 箱をつくえにおいて、ふたを開けると、覗くようにわずかに背伸びするお嬢様がいた。そんな彼女に近づいていく。
 補正などしたことのないような、否必要ないような身体にコルセットをあてる。それはすんなりと紐が仕舞っていく。
 お嬢様は緊張したような顔を見せている。大丈夫ですよ、と声をかけた。
 足を上げていただいて、下からドレスをつけていく。なれない身体をすべるその布の感触に感想を漏らした。
「……やわらかい」
 そっと手で布にふれて、その感触を楽しむようになぜている。それを見ながら続きを進めた。
 後ろの紐で締めて止めるものなので、後ろへと回り、髪をあげる。そのままでは肩が出すぎているので、シフォンの色布を取り付けた紐で結わえていく。
 宝石箱の中から、アメジストの石で作られた花形のネックレスとイヤリング、髪飾りのそろいを取り出す。いわく、母親の形見なのだそう。それをあてがい、髪を上げた。
 裾などを整えてから、私は部屋の隅に片付けられていた姿見を引っ張ってくる。かけられていた布をはずす。
 彼女がじっと鏡の中の自分を見つめるのを、眺める。
 胸元に手をやった。そっとその手を下へと下ろしてスカートを摘む。
 そうしてから、彼女はふっと笑った。
 笑みを浮かべたのだ。
 雪が解けて、その下から出てきた花がほころぶように。
 そのやわらかい笑みは、私に向けられた。
「このドレスを着て、社交界へ行くわ。そして踊るの」
 くるりと回って喜びの笑みを浮かべ続けた。
 しかしガチャリと音を立てて扉が開くと、そこに後見人の伯母と依頼主の父親が立っていた。
「仕立屋侍女、これはあなたがつくったドレスか?」
 父親が聞くと、お嬢様がそうよと答えた。その返事に、伯母が険しい表情を浮かべる。
「社交界に行く必要などありません。そのような軽いドレスを脱ぎなさい」
 命令口調のそれを、お嬢様はしりぞけた。
「いやよ、このやわらかいドレスがいいわ。あのようなかたいドレスはもう着たくないわ」
 もう一度くるりと回って、今度は父親に顔を向けた。
 笑みを浮かべている彼女をみて、依頼主の彼は私の隣に立った。
「あれが笑っているな」
「はい、そうでございますね」
「あれはあなたの仕業か」
 その言葉に、さぁ?と首を傾げてみせる。
「私は自分の仕事をしただけですわ」
 依頼主は満足そうに笑って、後ろに空気のように控えていた侍従に都に行く準備を整えるように言った。


 お嬢様がまとったやわらかい衣のドレスの名は、「春告げ」。
 彼女に社交界という春が来たことを告げるもの。

 春はもうすぐそこに来ているのだった。

 
蒼傘屋