馬で走るのにも、疲れてきた。叶子はそっとため息をつく。これなら自分で走った方が良いとこぼすと、耳ざとく聞きつけたRAINが言う。
「馬で走るのは確かにつかれるわ。でも走るよりましよ。体力温存しておきなさい」
はぁーいと気の抜けた返事を返すと、まぁいいわと言い捨てられた。
遠くからGOU達のよぶ声が聞こえる。今日は野営らしい。向かう方向に寄るのに都合の良い村がなかったということだ。彼らは野営するのに合う場所を探してくれている。
呼ばれた方向へ向かう途中、薪をいくらか拾う。彼らの射るところで、それを積み上げると、GOUが炎華に頼んだ。炎華がうなずくと共に、ほどよい大きさの炎が薪を包んだ。
KENが短刀を手に何かしている。気になって後ろからのぞいてみると、兎が皮をむかれていた。
「叶子は兎、大丈夫か?」
聞かれうなずくと、よかったと言われる。
「おれは戦いに行ったりするから、食べられないものはない」
そうじゃないといざという時困る、と言うとうんうんとうなずかれる。
「そうだよな。じゃあ野営も慣れてるのか?」
「まあね」
会話の間に、兎が食べやすい大きさの肉塊へと変化していく。それを削った枝に刺して火に当てる。ほどなくしておいしそうな匂いが広がっていった。
枝から直接口に運びそれをかみしめると、肉汁が滴る。それもおいしくいただいた。
「そういえばさ、疑問に思ってることがあるんだけど」
二つ目に手を伸ばしながら、GOUたちに視線を向ける。
「おれとRAINは虎人じゃないか。虎人は族長を殺された恨みが過に対してある。でもGOUはショウ国の一術師だろ? そこまで女王になんかあるの? KENにいたっては、どの種族なのかどこの国に住んでいるかも知らない。どうして過を討とうと思うんだ?」
そりゃ疑問だな、とKENが言うと、GOUが後を引き継いだ。
「私は現ショウ国女王コランダムの義理の息子だ。こっちは私の義姉にあたるREATの息子」
その言葉で思い出した。ショウ国の女王も被害に遭っていたことを。けれどそれにしては、二人の印象はショウ国に結びつかない。
「だけどさ、二人とも見た目全然水晶人じゃない。――なんか理由あるのか?」
「とりあえず、おれは混血だからっていう理由。この髪も父親ゆずりなんだよ」
KENがいじっている髪の色は確かに水晶人の銀には似ても似つかぬ紅だった。母親が女王の娘というなら、それで理由もなんとなく納得もいくような気がする。
次をうながすように、GOUへ視線を向けた。こちらは髪も目も漆黒だった。その目が伏せられる。
「――私の実の兄弟はKENの父親なんだ」
彼は持っていた枝を土の上に置いた。手を組んでいる。
「KENの父親とは一世代ほど年が離れている。本当の母親は一目も私にくれない。ずっと自分が子どもを産んだことを疎んでる。父親は家にいたためしがなかった。だから、私は親から育児放棄されて育った」
どうして彼の母親が子どもを産んだことを疎んでいるのか知りたくて聞こうとした。けれど身を乗りだした途端、叶子の考えていることが分かったのか、KENが止めてきた。何か深い事情があるのだろう、そう感じておとなしく従う。
「REATは私と知り合いだった。だから五歳の時、見かねた彼女は私をその場から連れだした。そして自分の母国であるショウ国へ向かった。私が教育を受けるよう、恵まれて生活ができるよう母親であるコランダム女王に頼んでくれたんだ。コランダム女王は私を見て、すぐさまその準備を行ってくれた」
なにより嬉しかったのは、と続けた。
「嬉しかったのは、その時頭を撫で柔かく抱きしめてくれた。自分の息子になりなさい、と言ってくれた。ずっと優しく接してくれた。そうやって接してくれた人はいなかった」
きゅっとこぶしを握る。
「だから私は彼女のためなら、何でもすると決めた。彼女はそれを受け入れてくれた。私の働きに感謝すると言ってくれた。だから、だから――」
後は言わなくても分かった。だから過を討つのだ、と。
たぶん叶子には見えない絆がそこにはあったのだろう、そう思うと過に対する憎しみも透けて見えるような気がした。
「ねぇもうひとつ聞いていいかしら?」
ずっと黙って話を聞いていたRAINが口を開いた。
「KENの父親でGOUのお兄さんは、ショウ国の王女と結婚できるような身分なんでしょう? どこの国の方なの?」
KENがにやりと笑うのが見えた。
「“宝珠伝説”というものを知ってる?」
「知ってるけど、“伝説”でしょう?」
いぶかしげに呟いた。叶子は宝珠伝説自体分からなくて首をかしげる。
「じゃあそれが真実でないなら、おれらはここにいないよ」
なぁとGOUにふると、確かにという答えが返ってきた。
疑いぶげにしているRAINの袖をひっぱり、訊ねる。
「なぁ“宝珠伝説”ってなんだよ?」
振り向いたRAINはうーんとうなった。
「わたしもよくは知らないのだけど、この世界と別に世界があり、そこではすべての者が宝珠を抱いて生まれてくるというの。一人の王においてその世界は統べられ治められているって……」
間違いはない? とKENに向かって訊ねる彼女に、大丈夫と返ってくる。
「この世界と別の世界?」
「そういうこと。昔は行き来していたという話よ。古代の文献にもちらほらと出てくるのだけど、今だれもそこへ行ったという話はないから、伝説の世界だって言われているの」
本当にあるの? と確認に確認を重ねる彼女に、笑って答える。
「真実だよ。今はあちらから来ることはできるけどこちらから行くことはできないみたいだね」
理由は知らないけど、と付け加えるKENに、自分の目で確かめないことには信じないわよ、とRAINが応酬している。
その間にGOUのとなりへと動く。すると、彼がずっと震えていたのが分かった。
「GOU。過、絶対倒すぞ」
そう声をかけることしかできなかった。けれど小さなうなずきが返ってきたことが、それで良かったのだと言っていた。
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