おしゃべりな桜
街灯の明かりが届かず暗い校庭を、俺は歩いていた。その前には、ややへっぴり腰で進むマコトの姿がある。
「なー、怖いなら帰ろうぜ」
背中に声を投げかけたが、彼は首を振った。強情なヤツ。
そもそもこうなった原因はこいつなんだから、と割り切ることが出来ない俺は、首をすくめて今までの経緯を思い出した。
はじまりは、マコトの一言だった。
「リョウ、知ってる? 桜はおしゃべりなんだよ」
昼休み、持ってきた弁当もパンも食べてしまって、さあ昼寝でもというそんな時、唐突過ぎる言葉に俺は何も言えず、目をしばたたかせた。
「……あのさ、マコト」
「何言っちゃってんだよ、こいつ」
ようやく口を開こうとした頃、俺の後ろからマコトに声をかけた奴がいた。振り返って、げんなりする。またこいつら。
「“桜がおしゃべり”とか、頭イカレちゃってんじゃねぇの」
ちがいねぇ、と笑い合う彼らをよそに、俺は話の先を促した。マコトは頷いて続ける。
「ほら『桜の下には死体が埋まってる』っていうじゃない? あれは、別に桜だけがそうというわけじゃなくてね、他の木の下にも埋まってるんだよ」
なんかちょっと面白そうだ、と身を乗り出してみる。
「じゃあ、何で桜だけがそう言われるかっていうと、花咲く時にその死体の血の色も吸い取っちゃって、染まっちゃうからなんだよ」
まるで自分の根元に死体がありますよーと言ってるようでしょ? とマコトが言う。なるほど、一理はあるようなないような……。
「本当かよ、それ」
「まじ信じられねぇ」
後ろでそう言い合う奴らの中で、リーダー格の奴がマコトの肩を叩いた。
「じゃあお前さ、それを証明してみろよ」
にやり、と口角を上げている。
「『おしゃべりな桜』、そう主張するならこれをそいつにしゃべらせてみろよ」
あごをしゃくって外の木を指す。青々と茂っているそれは、確かに桜の木だった。それと同時に彼が渡したのは糊付けした封筒。
「夜中に、その桜の木の下に埋めてみろよ。まあ、臆病者のお前が出来るならな」
笑ってマコトの肩を叩く。その顔は、意地悪そうな笑みで満ちていた。
まあ、その通り、夜中に埋めなくても良いんだろうけど、珍しくマコトは意地を張っているらしい。夜に行くと言い張った。
「なぁ、マコトー。そのうち、音楽室からピアノ流れてきたりするんだぜー」
そりゃ学校なので、怪談のひとつふたつある。それを出してみても、マコトは首を縦に振らない。
ため息ひとつついて、彼の横に並ぶ。
「……リョウ?」
「早く終わらせようぜ」
ふたり足をはやめて、桜のもとへと向かった。
たどり着いたそこでマコトは背負っていたリュックからスコップと封筒を出した。
「−−本当に、桜がしゃべるなんて信じてるのかよ」
「信じてるよ」
問いかけると、笑い返してきた。
「だって、後には引けないから」
その言葉に何も返せなかった。
マコトがあいつらにたびたびカツアゲにあったりしているのを、俺は知っている。
だけど何もしてやることができなくて、ただ横にいるしかなくて。
マコトは何も言わない。毎日ちゃんと学校へ来ている。
こちらに背を向けて、スコップを動かす彼の背中を見つめた。
俺は何も出来ない。
胸が苦しくなる。
そう言ったら、彼はまた笑うだろう。友達でいてくれるだけでいいよ、って。
「リョウ?」
視線を感じたのか、マコトが振り返る。なんでもない、と手を振った。すると彼はまた穴を掘る作業へと戻った。
その時、ふと目に入ったもの。
それは封筒だった。あいつらのリーダー格が渡した封筒。
本当に魔が差した、としか言いようがなかった。
手にとって、丁寧に封を破った。糊は少ししか付いていなかったらしい。案外、綺麗に取れてしまった。
俺は中から便箋を取り出す。
マコトはまだスコップを忙しく動かしている。
携帯を取り出して、指を動かす。メーラーを立ち上げ、中の文章を写した。
そこにあった彼の秘密だろう中身を。
バカなヤツ。俺らが開けないと高をくくっているのか。
元通り封筒の中に、便箋をしまった。糊はどうしようもないが、まあ綺麗に開いているし、驚くだろう。
「さっさと埋めちゃえよ」
マコトに言うと、彼は俺から封筒を受け取って穴に落とし込んだ。その上から幾重にも土をかぶせてしまう。
陥没した穴を元通りにしてしまい、マコトが立ち上がった。
「終わった」
これで桜はしゃべってくれるはずだよ、とちょっと悲しそうな顔で呟く。それには何も言わずに、彼の肩を叩いた。
「さっさと帰ろうぜ」
そう言うと、今度は素直に頷いて歩き出した。俺もそれに従おうとする。
さあ、どうしてくれようか。あいつの秘密。
そう思ってほくそえんだその時だった。
クスクス、という音。
上手く行った、という声。
背後の桜の木がそう呟いたような気がした。
「……?」
聞き間違いだと思いたい。
だが、背筋がぞくりとした感触は消えなかった。
おしゃべりな桜。
あながち、嘘じゃないのかもしれない。
蒼傘屋
突発性競作企画 再“桜”
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