花咲小話 ひまわりばたけ

 幾多にも伸ばされる掌に、巾着から取り出した丸い粒を落とす。その途端、わぁっと歓声が上がった。
「ありがとうございます、これで今年も花が咲けます」
 掌に粒をにぎりしめて、お礼を言われる。それに対して、笑顔をつくって仕事だからね、と答える。それから巾着を握りしめた。
 この世の全ての植物は、この丸い粒がなければ花を付けることができない。いわば“花の種”だ。あたしの仕事はそれを植物の精に配ること。この仕事に就く者は花咲師と呼ばれている――。
 今日の仕事は、この大量のひまわり達に、この種を配って歩くことだった。


 はい、はいっと最後の方はなげやりに種を渡していく。だれもかれもがとても嬉しそうにして、お礼を述べていく。返事をするのも疲れて、あたしは笑みを浮かべるだけにした。
「さぁ、最後。はいあなたの分」
 最後に目の前にいた少年に手渡そうとする。しかし、彼の態度はいままでの花の精たちと違った。ぷぃっと横を向いてしまったのだ。
「ちょっと、早く受け取ってよ」
 これを配り終えてしまえば、もう今日の仕事はない。早く上がりたくてそうせかすが、こちらを向きもしない。
「どうして受け取ってくれないのよ。これがなきゃ、花として咲けないでしょう? ほら、はい」
「要らない」
 は、今何と言いました?
 思わず耳を疑った。要らない!? この世に咲くのが嫌な奴がいるなんて!?
「どうして、要らないの? 理由があるんでしょう?」
 そりゃ、あるさ、となげやりな返事。とりあえず、理由を聞くまでは帰れないな、と確信する。座っている横に、腰を下ろす。
 それから理由を尋ねてみると、あんたには分からないだろうけどさと言って太陽を指差した。
「――太陽?」
「そ、太陽。あいつはいっつも高みからおれらを見てる」
 憎々しげに、そう呟いた。
「もうあいつを追うのは、嫌なんだよ」
 聞いたことがある。ひまわりは花の咲いている間ずっと太陽を見ていないといけない。ふと周りを見回してみると、確かに花がついているひまわりは全て太陽の方を向いていた。
「毎年毎年、母さんもばあさんもその前の先祖も――みんな太陽を追ってきた。その記憶がおれの中に残ってる。苦しい思いをして、ずっと追ってたのが分かるんだ」
 でも……と口を開くと睨まれたが、かまわずそのまま続ける。
「でも、そうやって先祖の方々が太陽を追っかけてたくさんの日を浴びたから、あなたがいるんでしょ」
 けげんそうな顔をしているので、知らないんだとひとりごちた。
「ひまわりはたっぷり日を浴びないと、いい種はできないんだって。部長に聞いたことがあるの。だから――」
「おれのため?」
 言葉を打ち切るように彼がぽつりと呟いた。首を縦に振る。
「そしてあなたが日を浴びるのは、この次の種のため。それがあなたの仕事であるの」
 うぅんと伸びをした。コキコキと肩のあたりが鳴る。
「あたしだって、本当はこんな花の種まきみたいな地味な仕事じゃなくて派手な仕事してみたいし、できることなら仕事せずに一日中遊んでいたい」
 でもね、と続ける。
「これは仕事だから。やるべきことだから。だから、やらなくちゃいけない。文句は言えない。架せられたことをやらなくちゃ、本当の自由なんてものも手に入らないんだから」
 だからあなたも頑張ってよ、ともう一度花の種を差し出す。迷ったようにそろりと手を途中まで伸ばした。そのまま止まってしまったので、掌を裏返しそこに種をのせた。
「ほら、頑張ってちょうだい。花の季節が終わったら、また自由にできるよ」
 じっと種を見ている。その表情に少し明るいものが交じったのを見て、あたしは立ち上がった。はっと上を向いた少年に手を振る。
 そのままきびすを返し、歩む。もう今日の仕事は終わりだ。もう一度伸びをする。
 その時だった。後ろから、かすかな声が聞こえたような気がした。
「ありがとう」と。
 振り返ると少年はもうおらず、かわりに蕾をつけたひまわりが太陽の方を向いていた。
 あたしは嬉しくなって、満面の笑みを浮かべた。


 帰ってくると、おつかれーと声がかかった。声の主は部長だ。部長は自分の部下たちに花の種を分け与え、その仕事ぶりをチェックする立場にある人だ。
「部長もおつかれさまです。種分け大変でしょう?」
 そうでもないよ、ただ今日はすこし多かったけど、と部長は呟く。
「ひまわりの群れなんてまだ早いかなと思ったけどちゃんとやってきたね。評価にプラスしておいてあげよう」
 頭をわしわしと撫でられた。ありがとうございます、とお礼してから言う。
「だって、仕事ですから」
 部長は嬉しそうに笑っていた。

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