"世界は小さな歯車でしきつめられてできているといえよう
 皆が皆それぞれの向きで回り続ける
 同じ向きに同じ速さで彼らは回ることを知らない
 ぶつかり合い歯という歯がすべて欠けようとも歯車は回り続ける
 「自分」を誰かに打ちつけるしか 己というものの形を知る手立てはない
 己の形がなくなり軸が折れて初めて彼らは止まることができる
 だから彼らは回り続ける
 自らが止まるその日を待ちながら
 永遠に

 君もその一つなのだと いつになったら気付くのだろうか
 いや 気付くことはないのかもしれない
 君も愚かな歯車であることには変わりないのだから
 この歯車であふれた世界で 君はどれくらいの間 それとして回り続けることができるだろうか
 悪趣味だと笑ってもいい 嗜虐的(サディズム)だと蔑んでもいい
 ただ僕は君の運命の行く末が見たい
 あまりにも長く生きすぎて とうとう気でも狂ったか
 それも今はどうでもいいこと
 ただいったい君がどんな風に逝くのか
 悲しみのもとか それとも苦しみのもとでか
 さあ回るがいい
 軸が錆びて曲がろうともその歯が紅い血で染まろうとも
 君は止まることを許されない
 君は回り続けなくてはいけない
 永遠に"

 最後にリュートの弦を一度爪弾いた。その音は空へ消えていく。
 それを追うように見上げたブレイヴは、ふぅと息を吐いた。
「"歯車屋"はいつだって残酷だね」
 彼は横に座る山羊の背中を撫ぜた。山羊は嬉しそうに眼を細める。
「見守ることしかしない、できないなんて、苦しいだけなのに」
 こぼれた言葉を反芻して、笑みをこぼす。
「だから、残酷なんだけれどね」
 
 
 突然、風が吹いた。頭上で結わえた髪が顔へとかぶさる。手で払いのけようとするが、上手くいかない。
(グオ)!」
 怒りを含ませた声を上げると、途端に風は凪ぐ。その中から、反省の色のない表情を浮かべた男が現われた。
「ブレイヴ、天が呼んでいる」
 その言葉に、にこやかな表情が全て消え去る。鋭い目線が過を射た。
「――始まるのか」
 短く問われた言葉に、過はうなずき返した。
 いよいよか。
 ブレイヴは、知らず口の中で呟いていた。


 長い黒髪を垂らした女性が座している。その前に、ブレイヴと過は腰を下ろした。
「残りの時は、短い」
 口を開いた女性に、ブレイヴが言う。
「――もう後戻りはできないよ、天?」
「それはそちらとて同じこと。これしか方法はないのだ」
 彼らに背を向けた。
「“歯車”に選ばれた者を速やかに、気取られず集めよ」
 命令だ、と付け加えられた。それを聞いてはもう道は残されていない。
 分かった、と返して、過を外へと導いた。
 言葉がもれる。
「やっぱり、残酷だ」
 ただその呟きを聞いた者は誰もいない。


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