やけに重たい金属の音が響いて、鉄格子の扉は閉められた。
「っ、くそっ」
牢に投げ入れられた時に打った腰が痛い。さすりながら、立ち上がる。
「……大丈夫か?」
同じように入れられたサーチェスの娘の方へ振り返る。彼女は大丈夫だ、とでもいう風に微笑んだ。
この牢は明かり窓がひとつ上の方についている地下牢だ。逃げ出すことが不可能なのは、族長一族の一員の自分が一番知っている。
「――これじゃ、仇も討てないじゃないか……」
冷たい石畳の上にずるりと座る。その横に、サーチェスの娘も移動してきた。
「軍師殿……」
「叶子でいい」
名乗ると、彼女も「ワーチ・カッグウィールよ」と自己紹介する。
「なぁ、ワーチ殿。さっき、聞いたっていったよな? あいつらの名前」
「呼び捨てでいいわよ、こっちも呼び捨てさせてもらうわ」
そう注文をつけてから、こちらを向いた。
「言ったわよ。叶子、あなたに教えてやればいい、って彼は言ったわ」
「どんな奴だった?」
「術師の方は、茶色の髪に揃いの瞳だったわ。名前はグオと言っていた。年齢は、三十代後半ってところね」
あごに手をやった。術師ならキョウ国に行けば大抵のことは分かる。今の情報をもとに探してみよう。顔を上げて、続きを促した。
「精霊の方は?」
『烈風の精霊、嵐風と名乗っていました。男身です。主人と呼んでいましたから、術師と契約があります。どちらかの居場所が分かれば、もう片方もそこにいるはずです』
いつの間にかワーチの額の水晶から出てきた風の精霊が、問いに答えた。ありがとう、と礼を言う。
「まぁ、とりあえずこの牢から出るのが先決だけどな……」
ここから出られない限り、今得た情報も無駄になってしまう。思わずため息が出た。
「ねぇ」
ワーチが話しかけてきた。眉間に皺を寄せたまま、そちらへ振り向いた。
「虎人だったらあの鉄格子は、かみ切れたりするの?」
彼女がゆびさす方向を見た。はるか上についた明かり窓だった。
「……まあ、無理をすれば不可能じゃないと思うけど――」
一旦言葉を切ったが、ワーチが口を開く間もなく再び言葉をかける。
「でもあそこまでどう行くつもりだよ。この石壁は虎人の爪をもってしても、登れない代物だぜ? 無理だよ、あの窓から出るのは……」
途中で言葉を切った。ちがう、無理じゃない。今の状況なら。
ワーチを見ると、微笑んでいた。
「わたしは、虎人じゃないわ? そして、風の精霊を従えているのよ、今も」
彼女の横で、額に住まう精霊がお辞儀をした。
「――要するに、おれが彼にあそこまで連れていってもらい、鉄格子を破ればいいんだな?」
お願いします、と彼女は頭をさげた。叶子は頭をかいて、いっちょやるかぁと気合いを入れた。
手のひらに、草の感触がした。
「やぁっと出たぁ!」
「お疲れさま、意外と簡単に抜けれたわね?」
叶子に続いてワーチが小さな明かり窓から外へと出る。彼女の後ろには、ぐにゃりと曲がった鉄の塊が転がっていた。
「さぁってと、――!」
大きく伸びをして振り返った途端、叶子は固まった。
「何を驚いているんだ。おれがここにいることが不思議か?」
その言葉にただ首を縦に降り続けることしかできなかった。脱出した窓の傍らに立っていた翡翠の顔を凝視しつつ。
「だとしたら、まだまだお前は赤ん坊だな。脱獄することぐらい、たやすいと思っていたし、実際そのとおりだったしな」
彼は懐から何かを取り出しつつ、言葉を続ける。
「老会の長に父上の遺体を検分してもらった。確かに術師の仕業だそうだ。しかしお前達にはまだ共犯罪の容疑がある」
「ちょっ、それ何だよ!? おれらは何もしてないって言ってるじゃないか! 証拠は……」
「証拠があろうがなかろうが、疑いは疑いだ」
叶子の方を向いて、宣告した。
「よって、国外追放を言い渡す」
手にしていたものを、叶子とワーチの手にそれぞれ落とす。
「これは……?」
「退国許可証。国外追放は、表向きだからな」
木の板に“族長補佐”の翡翠の署名がされた身分証明のひとつだ。この板とさっきの言葉で何が言いたいのか分かった。
叶子は顔をあげて、はっきりと口を開いた。
「翡翠兄上、おれは討ってくるよ、父上を殺した罪人を」
その言葉にはなにも言わず、微笑んでいた。
「約束だ」
虎人の誓いの言葉を添える。翡翠は傍らに置いてあった鞄を二人に渡す。中身は旅支度のようだった。食料と路銀、その他必要と思われるだろうものが入っている。
叶子にそれが渡された時、耳元でワーチに聞こえないよう一言呟いた。
それから背中を押す。
「行ってこい」
押されるまま、足を動かした。薄暗い中、門へと向かう。後ろは振り返ってはいけないような気がした。
振り返らなくても、分かる。まだこちらを見ていることが。
「“言っておくけど、お前がいなくたってやって行けるんだからな”ってか」
相変わらずひねくれている、と呟く。そのうらに隠された言葉は分かっている。
だからこそ、前を向いて門へと歩をゆるめず、足を踏み出したのだった。
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