グラスになみなみと注がれた酒を仰ぐように喉へと流し込む。ダンッと音を立てて、丸いつくえの上に置いた。
「おぉ、怖っ。GOU(ゴウ)、何でそう人を脅えさせるような態度を取るのさ?」
 つくえの向こうに座る隻眼の青年が言う。
 お前のせいだ。そう言えたら、どんなにすっきりすることか。自嘲的にはっと笑いをこぼす。
「とりあえず、どうして私の前に座っているのか、まず説明してもらおうか、DO(ドオ)
「え? GOU(ゴウ)に用があるからに決まってるじゃないか」
 その台詞を聞いてすぐ、立ち上がりつつ懐から取り出した硬貨数枚をつくえの上に置いた。
「店主、お代を……」
「まってまって」
 その場を立ち去ろうとしたGOU(ゴウ)は必死に止められた。お願いします、と頭を下げられて顔を嫌そうに歪める。
「こっちだって、いろいろと忙しいんだ。お前の用になんか付き合ってられない」
「人から(ことづか)ってきたものだから、はいそうですかって引き下がるわけにはいかないんだよう」
 口を尖らせて呟くDO(ドオ)にむかって、ため息をひとつ吐いてから、椅子に座り直す。
「で、誰から託ってきたんだ?」
「へへ」
 嬉しそうに笑う。憎たらしい。どれほどこいつに振り回されてきたかを思い出して、また顔をしかめた。
(グオ)から――」
 がたん、と椅子を鳴らして立ち上がる。DO(ドオ)は驚いた表情でこちらを見上げていた。
「……過だと?」
 低い声で聞き返すと、その表情のままぶんぶんと首を振って肯定する。
「いつ、どこで会った?」
「十日ぐらい前……カ国(レウォルフ)のある宿で」
 何があったんだ、とうかがっている。またため息をひとつ吐いて、短く答えた。「五日前、女王が眠りの術をかけられた」と。
「――コランダム女王が?」
 DO(ドオ)は口にしていたグラスを置いた。身を乗り出して声を潜める。
「なんでそれが過と関係あるんだよ?」
「香気が残っていた。あいつは」
 唇を噛みしめる。
「あいつは、女王を殺すつもりだ」
「だからGOU(ゴウ)は過を追っているってか」
 いきなりDO(ドオ)は自分の従者を呼んだ。呼ばれた彼はひとりの鳥人(ニャオレン)を連れていた。幼い表情ながらも、芯の通った眼をしている。その瞳が自分を捕らえると、驚いたように見開き、駆け寄ってきた。
「あなた、母を連れていった人デスネ。母はどこなんデス!?」
 いきなり現われた少女に戸惑いつつ、DO(ドオ)を見た。彼は楽しそうに言う。
「それが、過からの(ことづ)け。その子を母親の元へ連れていってやれってさ」
 瞳が青い。それだけで分かった。瞳が青い鳥人なんて、ひとりしかいないはず。
「彼女が過に連れてこられたってことは、何か関係があるのかもしれないね」
 のんびりと言いながら、グラスに口を付ける。
「――でも」
「いいじゃん、ちょっとぐらい回り道しても」
 DO(ドオ)はグラスの中身を煽って立ち上がる。二人分のお代をつくえの上に置いた。
「その方が上手く行くかもしれないよ? とりあえず、討伐隊の隊列組むのにも時間かかるでしょ?」
 その言葉に、うっと詰まる。
 術師の力を用いて罪を犯した者は、みなキョウ国(トゥクルトスニー)で裁かれる。そのための手続きを今しているところだ。それからその術師を捕らえる討伐隊の隊列を組むのには、確かに時間がかかる。
「まあまあ、ここはおれが払っておくから、その子送り届けてやって。なんなら、行き方教えるだけでもいいからさ」
 じゃあね、と手をふり去っていく。その後ろ姿に、歯噛みした。
「――とりあえず名前は?」
(セイ)デス」
 横に立っていた鳥人(ニャオレン)の少女を座らせる。
「君の母親は確かに知っている。けれど、私は……」
「大変なんですネ」
 にこり、と笑いかけられた。眼を見張ってしまう。彼女はまだ精神的に幼いはずだ。
「大丈夫デス、一人で頑張りマス。GOU(ゴウ)サンに迷惑をかけてはいけませんカラ」
 ぽんと頭に手を乗せる。そのままわしわしと撫でるように手を動かした。
「礼を言う。でも、ハン国(グニルブ)まで送らせてくれ」
 聞き覚えがないのだろう、首を傾げる彼女に言った。
「君の母親は、サイヒ国(トソム・ディオバ)にいる」
 

 サイヒ国(トソム・ディオバ)とは、国が種族単位で成されるこの世界で唯一多種族が住む国である。そのため、出来て間もない少数種族などが多く住んでいる。鳥人は以前持っていた領土をあることでなくし、そこへ移り住んだとされていた。ハン国(グニルブ)には唯一サイヒ国(トソム・ディオバ)に渡るための定期船があるのだ。
(セイ)、いいか?」
「ハイ、分かってマス」
 GOU(ゴウ)達の目の前に見える船こそ、その定期船だ。
「チケット、青い服の人に渡しマス。着いたら、向こうで迎えの人に会いマス」
 よく覚えた、と白から茶へと色変わりした頭を撫でる。嬉しそうに笑ってから、駆け出した。
 途中で、こちらを振り返る。
「行ってきマス。GOU(ゴウ)も頑張ってくだサイ」
 それにしっかりうなずきを返すと、また船へと駆け出していく。
 船の元へと辿り着いたのを見届けてから、傍らの木に結わえてあった馬にまたがった。
 DO(ドオ)の言う通りだった。回り道も悪くない。
 前を見据えた。馬の腹を蹴り、走らせ始める。軽快なひづめの音が下から聞こえてきた。
(そろそろ、討伐隊の人員を決める頃だ――)
 その討伐隊に残らなければ、過は討てない。
 思いを定めて、馬をキョウ国(トゥクルトスニー)へと走らせた。
 

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