ジュウと大きな音がして、術師の顔が醜くただれるのが見えた。
(……これが、術師の力)
 叶子(ユエズ)はまじまじと円形競技場の中心を見つめた。震えがくる。でもそれが恐れからなのか武者震いなのか、それは分からなかった。倒れた術師は担架で運ばれていく。相手の術師は判定を聞いた後、すぐに飛び出していった。どこへいったのだろう、と覗きこむ。
 いきなり後ろからつかれ、一番前にいた叶子は落ちていきそうになる。
「だっ、もう誰だよ……ってあれ」
「何枚目だったの?」
 振り返るとRAIN(レイン)が立っていた。横にならんでくる。
「何枚目って――あぁ、四枚目」
「良かった、わたしは一枚目。共にがんばりましょうね」
 それに歯切れの悪い返事を返す。すると、彼女は眉をひそめた。
「どうしてそんな暗い顔をしているのよ。やぁね、あなたの試合次の次じゃない」
 そうなんだけど、と呟く。
「さっきの見たら、なんかおれ術師に敵うのかなぁなんて」
「さっき? あぁ、それは間違いよ」
 何が間違っているのか分からず、首をかしげる。
「この試合を勝ったのはGOU(ゴウ)って言ってね、ショウ国(ラトスイルク)に仕える術師なのよ。彼は先天的に精霊たちに好かれる性質で、無論その中に級の高い精霊もいるわ。さっきのはその中でも最高級だと思うわ」
 だから術師のなかでも特別な質よ、と付け加えられた。
「自分らしく行けばいいの。GOUに敵う必要は全然ないもの。要は四枚目の中で勝てばいいのよ。あいつは二枚目だから」
 じゃあがんばるのよ、と言ってRAINは去っていく。それを尻目に背伸びする。
「ん?」
 見間違えたかと思って、もう一度彼女の去っていった方向を見る。けれど、もうその姿見えなかった。
(……気のせいかなぁ。さっき毛と瞳が水色だったような気がしたんだけど……)
 まぁいいか、と前を向き直した。


 うおっし、とこぶしを握った。目の前では、術師の男がのびている。口から泡もでている。大丈夫なのか、とその原因ながら心配してしまった。
 とりあえず期待を込めたまなざしで審判を見つめると、分かってますと言いたげな表情で叶子の勝ちを言い渡した。もう一度こぶしを握りしめ、高くあげた。
 意気揚々と外へ出ようとすると、その道すがらにRAINが立っていた。
「おめでとう。まずは一勝、ね」
 うん、とそれに返すと、さぁてわたしもがんばるかぁと彼女が伸びをした。
「これから?」
「そう、これから。ちゃんと見ててね。終わったら、食事に行きましょう」
 楽しそうに言う彼女に、うん頑張って、と声をかけた。
 けれど中へ入って行こうとする彼女の背中に、慌てて声をかけた。
「でももう、おれあの麦酒飲まないからな!」
 その返事はひらひらと手を振って済まされた。


 一番前の席はまだ空いていた。中ほどから後ろにかけて、観客が多いのはなぜなのだろう、と考えながらその席に座る。見れば今から試合が開始されるところだった。
 相手は風の精霊らしき者を従えていた。そよそよと風が周りで吹いている。対して、RAINは何も従えていなかった。
「――あれ?」
(たしか、術師の戦いはふつう自分の従える精霊を戦わせるって……)
 審判が開始の合図を告げる。じっと眼をこらした。
 相手の術師が精霊に言葉をかける。その精霊が首をたてに振って、RAINの方へと向かっていく。RAINはじっとそれを見ながら、その場に立っていた。
 いきなりの強風が吹いた。先ほどとは比べようもない力で精霊が彼女をにらんでいるのが分かる。その風で彼女を飛ばそうとしているのだ。
 しばらくは立っていて、何かを口にしていたが強風のおかげで聞こえない。そのうち足のうらが少しずつ浮いていく。その場に爪痕がついた。精霊がさらに力をかける。一瞬あとに、彼女は空へと飛び上がった。
 風はいきなりやんだ。彼女の身体は空に浮いたまま。
(――やばい、地面に叩き付けられる!)
 そう思った瞬間、彼女は叫んだ。
「叶子、ごめんなさい!」
(え、おれ!?)
 いきなり名前を呼ばれ驚いた後すぐに、顔に衝撃を受けた。何かに数本の髪を持っていかれるのが分かる。
「おい、大丈夫か!」
 後ろの見物していた術師に声をかけられ、やっと倒れた身を起こす。その術師は、はははと楽しそうに笑った。
「そうか、今日の被害者はあんただったか」
「――どういうことですか?」
 見てみろ、と中心へとうながされた。そこでは橙色の虎の姿をとったRAINが何かを話していた。
「RAINっていう奴は、本当に戦いを好まない奴でな。こういう舞台にも自分から出てきたことがなかったんだ。だけどまぁ、年に何回かこういう機会が強制的にある。けど、彼女は戦わない」
 そこへRAINの声が聞こえてきた。
「あなたがわたしを倒そうとする。でもあなたの力では無理よ。だから降参してちょうだい。お願い(トゥセウケル)
 その言葉の向こうにいたのは術師ではなかった。精霊にそう話しかけていた。
「見ただろ、RAINは戦わない。相手の力を全て防いで、降参させるんだ」
 後ろの術師が楽しそうに告げた。まぁその時観客にまま被害者がでるんだがな、と付け足した。だから前の方が空いていたのか、と納得がいく。
 精霊は戦う様子を見せない。苛立つ術師が声をかけるが、反対に向き合って、何かを言っている。やがて悔しそうに悪態をつきながら術師は、審判に降参を告げた。
 叶子は駆けていって、RAINの元へと向う。
「RAIN!」
「あぁ、叶子。ごめんなさい。大丈夫だった? 爪で髪の毛も引っ張ったみたいで」
 まだ虎の姿をとっていた彼女の足元をみると、確かに数本髪の毛が引っかかっていた。りぃん、と鈴を鳴らす。
「――聞きたいことは分かってるわよ。なんで戦うためにこう試合があるのに、戦わないんだって言いたいんでしょう?」
 元の姿へと戻り服を身につけながら、言われた。思わず肩をゆらしてしまう。
「大丈夫、安心して。わたしは無駄な戦いをしたくないだけ。あいつの顔を見たら」
 にぃ、と歪んだ笑みを浮かべた。一歩下がってしまう。
「わたしは戦いたくてしょうがなくなるでしょうよ」
 さぁてご飯食べにいきましょうか、と肩を組まれた。後ろを振り向く。そこにあった髪の毛の色を見た。橙色だ。
「――なぁ、一つきいてもいい?」
 おそるおそる口にすると、いいよと軽い返事がある。
「毛と瞳の色、変わってない?」
「変わってるわよ」
 それがさも普通のように言った彼女に、大きな声を出してしまう。
「普通じゃないだろ、それ! なんで色が変わるん――」
「でも、翡翠(フェイチュイ)だって瞳の色は普通じゃないでしょう?」
 じっと見つめられた。言葉に詰まってしまい、口をとがらした。
「どうして、なんてことは今は聞かないで。いずれは話してあげるから」
 ぽんぽんと肩を叩かれる。しばらく待つが、話してくれる気配は全くない。
「まぁ、いいか……絶対いつかは話してくれよな」
 それには生返事が返ってきた。
 この謎はとりあえず自分のなかで、片隅に置いておくことにした。
 今はそれどころじゃない。競技会で勝ち残るのが先決だと。

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