二枚目の紙の一番上の欄に、自分の名前が記されるのを見つめた。
(――やっとだ)
 やっと、討伐隊が派遣される。これで、(グオ)が討てる。
 一枚目の方に目を向けると“RAIN(レイン)”と書かれている。RAINといえばいつでも戦わないことで有名な虎人(フーレン)の術師だ。
(虎人、ね)
 トーコ国の族長も過に殺されていたことを思い出す。
「自分の国の族長(トップ)を殺されたら、戦うしかなくなるか……」
 ともあれ、自分の評判を上げるために討伐隊に入ろうとしたわけじゃないだろう。そのことに、安堵する。
 きびすを返して、円形競技場へと足を向けた。三枚目――ようするに三人目の討伐隊員が決まる頃だろう。
 日に日に増えていった観客の間を縫うように歩きながら、一番前へと出た。席は埋まっていたので、通路にしゃがむ。
 中心には二人の術師が立っていた。二人とも男で、片方は赤髪だった。KEN(ケン)だ。
「相手は、大岩の精霊か……」
 重たそうな筋肉質な身体をした精霊が、相手の術師の前に立っている。術師は過によって大規模な風害を受けた国の者だった。
 KENが今日連れているのは、竜巻の精霊だ。級も同じぐらい。
(――さて、どうするのか)
 竜巻の精霊は、あちこちを飛び回っている。その姿を大岩の精霊があざわらうように見ていた。
それに対して、竜巻の精霊がにやりと笑った。スピードを上げて、その周りを回り始める。
『うぐっ』
 苦しそうな声が聞こえる。大岩の精霊の声だ。観客が乗り出す。竜巻の精霊が回っているために、よく見えない。
 突然、何かが周りに飛び散り始めた。それに当たった観客が逃げていく。そのひとつをGOUは掴んだ。
「――石?」
 はっと気付いて、競技場の中心を見つめる。だんだん、大岩の精霊が小さくなっていっている。
 そのなかで悲痛な叫びにも似た、相手の術師の降参を告げる声が聞こえた。
「勝ったか」
 審判が判定を言い渡している間に、下へ向かう。通路に立つと、向こうからKENと竜巻の精霊がやってきていた。
「おめでとう、勝ったな」
 声をかけると、ああこいつが頑張ってくれた、と横にいた精霊をゆびさす。
「カトリィナも、お疲れさま」
 そう呼ばれた竜巻の精霊が、本当によ、と返してきた。
「そうだ、KEN。次、あいつだ」
「あいつ?」
 理解できないような顔をする。それに対して、術師じゃない虎人、と付け加える。
「あ―、残ってたのか」
 というかお前ずっと見てたのか、と問われ、うなずく。
「興味深い戦い方をする。相手をよく見て、行動しているんだ。それに」
 階段を上がりながら、言葉を発する。
「RAINに似てるな、戦い方が」
 ふぅんとやはり興味なさげな態度で、KENは後をついてきた。
 階上にあがってみれば、試合は始まったばかりだった。
 叶子という名の虎人の正面に立つのは、突風の精霊を連れた女の術師だった。相手が動かないのを見て取ったのか、自慢げに突風の精霊に命令する声が聞こえた。途端、彼女を乗せて風は円状の台を回り始める。ある程度スピードが上がってくると、彼女の姿はいくつにも分かれて見えた。
「……これは」
『相手を混乱させようとしてる。普通の者には見えないはず』
 同じ風属性の精霊であるカトリィナが答えた。その言葉に同意したようにうなずく。
 虎人はじっと動かずに、目だけをきょろきょろと動かしている。術師の回る範囲はだんだん狭まっていっていた。
「これ、やばくないか」
 KENが顔をしかめながら言った言葉は、事実だった。このまま渦が小さくなっていけば息が出来ずにか、かまいたちのような風で切り刻まれるかして、死んでしまう。
『大丈夫』
 カトリィナは笑ってKENの言葉を打ち消した。GOUは眉をひそめる。それを見てから、説明された。
『彼の目、確実に彼女を追ってる。今攻撃しないのは、タイミングをみているだけ。だから大丈夫』
 その言葉のすぐ後だった。虎人は虎の姿へと変化して、術師へと飛びかかった。否、飛びかかったように見えた。
 風はすぐさま消えていく。その場に立っていたのは、術師だった。彼が飛びかかって押さえたのは風の精霊だったのだ。
「――よく、見てるな」
 精霊を使って戦おうとする術師は、精霊を押さえるだけで降参してしまう。そのくせを見抜いているのだ、と感じた。
 思ったとおり、術師の女はうなだれたような表情と共に、降参を告げた。
「ここに討伐隊員決定のための試合を終了します。決まりました四名は、この後集まりいただき、今後の予定をお話いたします」
 審判がそう声を張り上げたと共に、観客が去っていく。やがて場には、その四人しか残らなかった。
「さて、みなさん。ここではなんですから場所を移しましょう。こちらへどうぞ」
 案内されるままに、競技場の脇にあった建物へと入る。
「まずは皆さま、おめでとうございます」
 頭を下げた審判に、虎人は嬉しそうな顔をしている。GOUはぺこりと軽く頭を下げた。
「この後の予定としては、数日内に国を出ていただきまして、過を追っていただきます。こちらに過の目撃情報を記したものがあります」
 中をぺらりとめくると、最後はサイヒ国(ラウ・レギト)の海港と書かれていた。意外と細々と動いている。
「できれば彼は捕縛していただきたいと思います。もし捕縛の術をかけられたのであれば、こちらに連絡していただき、回収させていただきます」
 首をかしげている虎人に、RAINが耳打ちしていた。多分、捕縛の術のことを説明しているのだろう。
 捕縛の術というのは、精霊の力を借りて相手を一定位置に封じ込めるものだ。例えば水属性であれば氷の中に、というように。
「いつ出発なさるか、どのようなルートでいかれるか、細かいことは皆さんで話し合ってください」
 ではよろしく頼みます、と言い残し、審判は出て行く。その姿を見送ってから、GOUたちは挨拶をした。叶子という虎人の挨拶のあとに、こうもらす。
「しかし、あの突風を止められるとは思わなかった。すごいな」
 術師でもどこにいる術師が本物なのか、ましてやそんな力を使っている精霊がどこにいるかなんて見分けられる者はそういない。
 誉め言葉に気をよくしたように、頭をかいた。
 とりあえず、とKENがその場を仕切る。何が必要か、出発はいつにするか、ルートはどうするか、その他もろもろがあわただしく決まっていく。
 小一時間したところで、お開きとなった。
 出発は、二日後。やっとだった。
 窓から空を見上げた。今日は新月だ。ふと、晶はちゃんと母親に会えたか、気になった。
「会えただろうな。雨露にも頼んであるし……」
 ただ少しの不安が拭えなかったが、今はそんな場合じゃないとかぶりをふった。


 二日後の早朝、馬に乗って門をくぐりぬけた。朝を選んだのは、夜型の多い術師の見送りを受けないためだ。虎人たちは元気そうだったが、典型的な夜型の生活を送っているKENは眠そうだった。
(さて、出発だ――)
 過を捕らえる旅へと、彼らは一歩を踏み出した。


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