日が暮れる少し前だった。雨露が果物と穀物を一緒に煮込んだスープを晶が与えられた部屋に運んできてくれた。
「お腹すいたでしょ? ほら、お父さんが作ってくれたよ」
湯気がかすかにのぼっていて、美味しそうな香りを立てていた。その途端、お腹が空腹を告げた。照れ笑いをすると、スプーンを渡される。
「いただきマス」
口に運ぶと、ほろりと甘かった。次々へと食べながら、口を開く。
「お姉さん、お母さんはどんな仕事をしてるんデスカ?」
すると切れ切れに返事が返ってくる。
「……んーと、お母さんは鳥人の代表のひとりで。今はサイヒ国の定例議会に出て、色々と話し合ってる。そろそろ終わったころだね」
窓から外の日の高さを見ると、日は沈んでいく直前だった。
「夕方に終わるんデスカ?」
「そう。朝になったら、こっちへ出発するみたい」
楽しみだね、という言葉にしっかりうなずいた。
「お母さんは、鳥になったら雷鳥サンデスネ。お父さんは何の鳥サンなんデスカ?」
「お父さん? お父さんは、烏」
ほら、黒いでしょ? といわれ、思い出す。確かに髪の色も目の色も黒かった。
「じゃあ、お姉さんは?」
ふふ……と笑いながら、何だと思う? と返される。
「雷鳥と烏、混ざったのデスカ?」
「ちがうよー、両方になれるの」
良いでしょ、と自慢げに胸をはる。
「じゃあワタシはどうして雷鳥だけデスカ?」
ワタシもお父さんの子どもデス、と言うと、それには首をかしげられた。
「――どうしてなんでしょ?」
しばらくはそう考え込まれたけれど、結局分からなかったらしい。
「まあ、それは明日またお母さんかお父さんに聞いてちょうだい。今日はもうお休み」
綿の上にシーツをかけたベッドに寝転ぶと、毛布をかけられる。
お休みナサイ、とあいさつすると、頭を撫でられた。
ふと目を覚ますと、日は高く上がっていた。慌てて立ち上がる。タイミング良く、雨露が入ってきた。
「あ、起きた?」
うなずくと、緑の上着を渡される。昨日の赤の上着は洗濯してもらっているのだった。
手伝ってもらいながら上着を着ると、たらしていた髪の毛を後ろの上の方で結んでくれた。そんな雨露は二つにくくり分けている。
「お母さんはもう少ししたら着くって。それまでにご飯たべちゃおう」
彼女に手をひかれて、階下へと降りていく。それにつれて、良い匂いが鼻をくすぐった。一階へと着くと、父が台所に立っていた。こちらに気付いて、おはようと声かけられる。
「お、おはようゴザイマス……」
なんだかこそばゆくて、照れてしまった。
言われるままに席について、机上を見る。大きな皿にうすいパンのようなものが何枚ものっていた。それの横にはたくさんの入れ物が置いてある。中身は果物のジャムのようだった。
横に座った雨露の真似をしてパンにジャムを塗り、一口かじる。甘いジャムの香りと塩気のあるパンの味が口に広がった。
「――おいしい……」
「うちの果物はね、お父さんが毎日丹念に世話してる。だから、すっごくおいしいって評判」
嬉しそうに雨露が説明する。前に座っている父親も笑みをうかべている。それが楽しくて、何枚も腹に収めた。
きぃ、と突然扉が開いた。音に驚いて、後ろを振り返る。
「――お母さんっ!」
「ただいまー、って何!?」
飛びかかられ驚いたように、眼を見開く。
「ちょっと待って」
首に手を回されながら困惑した表情を浮かべている。雨露の方を向いた。
「それは、晶だよ?」
雨露が表情を読み取って答えると、ますます開いた口が塞がらないようだ。
「なんで、晶が!? どうして!?」
説明するから座って、と雨露が答える。その間ずっと晶は母親の林にしがみついている。
「――晶」
しがみついていた手をゆっくり解かれ、席に座らされた。向かい側に、林も座る。それから雨露に説明を求めるようなまなざしを向けた。
「あたしが知ってるのは、いきなりGOUに迎えに来い、って言われて、お父さんに聞いたら妹だって言われたことだけ。どうしてGOUのところにいたのか、それは知らない」
「あの、過という術師サンが連れてきてくれたのデス。それからGOUのところに行って、ここに来るまでの手はずを整えてくれマシタ」
補足すると、林はむりやり納得したようにうなった。
「……過ね」
ため息をついて、晶の方を向く。
「過は何か言っていた?」
すぐにその質問に首を横に振る。けれど思い出して、口を開いた。
「――運命のはじまり……って言っていたような気がしマス」
「運命のはじまり、ね」
林はそれを口に出すと、もう一度ため息をついた。そして笑いかける。
「なにはともあれまずは晶、いらっしゃい。そして、おかえり」
テーブルの向こうから手が伸びて、頭をなぜられた。おとなしくされるままになる。
「過がそう言ったのなら、これからあなたには大変なことがたくさん起きる。覚悟しておいて」
その言葉に意味も分からず、うなずいておいた。大変なことが起きる、その言葉が妙に実感できた。
「ねぇ、お母さん。晶は雷鳥にしか変化できないというのだけど、どうしてか分かる?」
雨露が食事を再開しながらそう訊ねた。
「私は雪山に晶を雷鳥に擬態させて、隠したの」
林もパンを取った。ジャムをぬりつけている。
「それはGOUに手伝ってもらったんだけど……その擬態している晶に人の形をとる術をかけた術師がいる――」
おそらくは過ね、とパンを口に含みながら軽く言った。
「擬態はとけないのデスカ?」
「とけるかどうかは、晶にかかってるわ」
食べるのを中断して、林は晶を見つめた。
「もしかすると一生とけないかもしれない。この後すぐとけるかもしれない。それは分からないってことよ」
安心しなさい、と言われた。
「何があっても護るから」
晶はその言葉にゆっくりとうなずきを返したのだった。
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