馬を南東へと走らせている間に半日が経った。太陽が容赦なく照りつけてくる。耐えられずローブをはおり、フードまで被った。しかし黒の生地で出来ているため、それが熱を持つ。そんな悪循環に辟易(へきえき)した頃だった。
「一度、休憩しよう」
 先頭を走っていたKEN(ケン)が振り返ってそう言うと、皆は力強くうなずいた。
「水をください……」
 馬からずり落ちるようにして、地へ立った叶子(ユエズ)がそう呟く。しかたなく、水袋を差し出した。あまり飲みすぎるなよ、と警告も与えておく。
「しかし、この気候にはまいったなぁ」
 暑いの苦手なんだよな、と呟いたKENの横で、RAIN(レイン)がしょうがないわよ、と言う。
 日差しをよけるだけのテントを張ると、皆がその下に集まった。うすいパンと干し果物を用意すれば、すぐに手が伸びてきた。強い日差しに慣れていないという叶子もはいずるように手を伸ばす。RAINに座ってから食べなさい、と怒られていた。
 口にパンをほお張りながら、地図を広げた。KENも覗いてくる。ある一点をさした。
「今、ここだろ……」
サイヒ国(トソム・ディオバ)はこっちだ」
 KENはその一点から下へすっと線をかいていく。
ハン国(グニルブ)までいくのに七日はかかるか?」
「かかるでしょうね」
 いつの間にか覗きこんでいたRAINもそう言う。時間がかかりすぎる、とひとりごちる。しかしこの暑さのせいで歩みがのろい。
 その時、何かが着地する音が聞こえた。テントの外に顔を出す。
「……有翼人(ウィンディアリ)?」
 背に翼を持つハン国の住民だ。何でここにいるんだろう、といぶかしむ。
「RAINさまはいらっしゃいますか?」
 手をあげる彼女に封筒らしきものを手渡すのを見る。
 思い出した。ハン国では郵便も取扱っている。自国のものだけでなく世界中のものを。必ず本人に渡すよう頼んでおけば、留守でも探し出して渡してくれるという。術師は普段、風の精霊に郵便を頼むため、ハン国の郵便に関してはあまり知る必要がない。だから忘れていた。
「こちらに受け取り印を押してもらえますか?」
 彼女はその言葉にうなずいて、ふところに下げた小物入れから一粒の種を出し、土の上へと落とした。
生えて(ツオルプス)
 その言葉に反応してかにょきにょきと草が伸びてきた。驚いたように叶子も見ている。やがて花が咲き、瞬く間に散った。かわりに一つの赤い実を生み出す。
 実をもいでそれを指先で潰す。すると赤い汁が指先を染めた。そのまま差し出された紙に押しつける。指紋のかわりに、なにか印がついた。
「ありがとうございます。またのご利用、お待ちしています」
 彼女はその言葉を待たずして、封を切った。中を熱心に呼んでいる。
「そうか、RAINは“天の先読み”か」
 KENが呟いた。GOUもうなずく。確かにこの目で見た。
 “天の先読み”は自然について特に学んだ一級術師に与えられる称号だ。彼女がふところに下げていた葉をかたどった小物入れは、その証に与えられるもの。それを持つものは、印のかわりに種を持つ、とも言われている。今それがどうしてなのかを目の前で見たことになる。
 KENの台詞が分からないという顔で見やった叶子に、そう説明する。
 突然手紙を読み終えたRAINがこちらを向いて、にやりと笑った。
「あなたたち、もしかすると時間短縮になるかもよ」
 GOUたちはその言葉が何をさすのか、その時点では何も知らなかった。 


 キョウ国は西の大陸の北方に位置する。首都から東へ馬で一日走らせたところに、湾がある。一般にその湾はトラトス湾と言われていた。その湾の中には、移動する国であるショシ国(トラトス)という国があるからだ。絶対不可侵を掲げるこの国には足を踏み入れただけで、処罰される危険性がある。
「でもここを渡っていくと早いのよ?」
 RAINはいらいらしたように言う。しかしKENは頑として譲らなかった。
 RAIN宛てに届いた手紙は旅している知り合いからで、RAINはその知り合いに過を探してくれと頼んでおいたそうなのだ。知り合いの言うには、彼は東の大陸の北西部にあるシシ国(ノイル)で見かけたとのこと。このことから彼女はトラトス湾を船で渡って行けばいいと言うが、KENはその危険性を訴えて両方一歩も譲らなかった。
 ため息をついて、煮出したお茶を二人分コップに注いだ。片方を傍観している叶子に渡す。
「お、ありがとう。お茶?」
「ああ、豆茶だ」
 湯気を立てているそれを口にしながら、KENとRAINを見やる。
「正直、君はどう思う?」
「おれ? おれはRAIN派かな」
 すんなり出した答えに、それは虎人だからかと疑う。しかし続いて出てきた言葉にその疑惑を打ち消した。
「確かにKENの言っている方が安全だと思う。でも、大事なのは過を追って、討伐をすることだろ? ということは危険だろうが何だろうが、過に早く追いつかなくちゃいけない。だから、RAINの方を取る」
 さすが軍師、と誉めたくなる。見ているところが違う。GOUは立ち上がって二人に近づく。KENの頭を叩いた。
「多数決は三対一だ。RAINのルートをとろう」
 KENが不満そうな顔で見上げてきたが、無視しておく。RAINはほっとした様子で、目の前に置かれたお茶を飲み干した。


 幸い漁港が近くにあったので、そこで舟を調達した。もっともあまり強度はよろしくないが、文句は言ってられない。そのかわり二隻譲ってもらった。
 KENとRAIN、GOUと叶子の組み合わせで乗り込む。それが一番重さの点で安定するだろうとの考えだが、先ほどの件をひきずってかKENは不満気だった。
「あのふたり、大丈夫か?」
「放っておけばいい。仲良くしてもらわなくては、困るから」
 叶子の心配げな顔にそう投げかけた。
 RAINには水の動きを見てもらえるよう頼んである。彼女は海水の精霊に話しかけていた。
 そうしてしばらくは何事もなく海を漂うように進んでいった。
「……何かが来る」
 半日ほど東への航海を進めていた時だった。ぽつりとRAINがこぼす。
「何かって、何だよ?」
 叶子が聞くと、かぶりをふった。
「分からない。数は多くないみたいだけど……」
 ショシ国とは離れているはずだし、と不安げに付け足す。ショシ国はトラトス湾を移動する国なので、常に国の場所が変わっているのだ。
「――海水の精霊からは?」
「何も連絡は来てないわ」
 そのうち、水中をのぞいていたKENが声を上げる。
「魚人が来る!」
「魚人?」
 ショシ国の住民である半人半魚の種族だ。狩りに来ているのだろうか、しかし数が少ない。
 がたんっと舟が大きく揺れた。舟がひっくり返る、と思った瞬間叫ぶ。
「KEN、RAIN! 先に行っててくれ!」
 襟首を引っ張られた。海の中へと落とされる。横を見れば、同じようにして叶子が引っ張られていた。
 喉の奥にまで水が入ってくる。吐き出しても吐き出してもまた新しい水が入ってきて、息が続かない。水上に向けて伸ばした手も力を失い、だらりと垂れてくる。
 意識がもうろうとしてきた。最後の力をふりしぼって振り返ると、男身の魚人が襟首を掴んでいた。その手を振り解こうとして腕を動かすが、いかない。
 視界に自分の指先を見たところで、意識は途切れた。


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