GOUはずっしりと衣服が含んでいた水を絞って、ある程度落とす。 叶子も同じように大量の水滴をたらしている。
「炎華、すまないが衣服を乾かしてくれ」
埒があかないと見切りをつけて炎華を呼ぶと、嬉しそうに現われた。赤い爪で服をなぞるように手を向けると、水が蒸発していくのが分かる。叶子も寄ってきて、頼んでいる。
「ふー、じゃあもうひとつ」
KEN達を探してくれないか、と言うと、途端にしかめっ面を浮かべる。炎の精霊である炎華にとって、苦手分野だったらしい。
それならばどうしようかと頭を抱えていると、叶子が肩を叩く。
「GOU、あれってKENのだよな?」
その言葉に顔を上げると、北東の方向から向かってくる精霊の姿が目に入った。
「……カトリィナ」
『無事だったのね』
KEN達が心配して探してこいって言うのよ、と愚痴ろうとするカトリィナをひとまず止めて、KENの居場所を尋ねた。
多少不機嫌そうだが、北東へ一日歩いた町の宿場にいると教えてくれた。時間がもったいないからと言って運んであげるとも申し出てくれる。叶子と相談してそうしてもらうことにする。
「ありがとう――飛んでくれ」
途端、強風が吹いてくる。足が浮く。叶子がうわっと声をあげた。風がより強くなっていく。その瞬間、景色が変わり始めた。
着いてみれば、一階でKENとRAINは麦酒を片手に地図を広げていた。
「何してるんだ?」
背後から声をかけると、驚いたように振り返る。
「うわっ――早かったな」
もう終盤だったらしいぞと返して、同じつくえの空席に座る。叶子も顔をしかめながら、同じように隣に腰を下ろす。風のでの移動で酔ったらしい。
「GOU、叶子。過は今ここにいる」
KENがそう言いながら指差したのは、シシ国の東方にある荒原端の町だった。
「移動する様子は?」
「まだないみたい」
今度はRAINが答える。じっと地図を見つめていた。
「あのさ……」
叶子がおそるおそる手を上げる。もう片方は口に当てられていた。
「今おれ達は、どこにいるんだ?」
「あ、ここよ」
RAINが示したのは、シシ国でも最西方にあたる町だった。
「どれぐらい距離がある?」
「馬で四日ってところか」
カトリィナで飛んだら一日ですむけどな、と後から付け加えられた言葉に、叶子が本気で拒否している。
「……過、か」
道順を決めようとしている三人に声をかける。
「なあ、過についてまとめておかないか」
「GOU、どういうことだよ?」
怪訝そうなKENが口を開いた。
「追いついたって、相手のことよく知っていないとだめだろう。だから――」
「何であれ、相手をよく知るのが戦いの第一歩だ。そういうことだな?」
叶子がまとめてそう言う。そうだ、とうなずいた。同時に彼が軍師であることを思い出す。じゃあ、一応過のことまとめてみるか、とKENがつないだ。
「議会の長の息子だな」
「一級術師で、彼に勝る力の持ち主はわずかだ」
過についての情報を紙の上に羅列していく。
「あ、嵐(ストーム)っていう精霊を従えてるわ」
RAINがまたひとつ付け加えてくる。
「それは契約してるのか?」
「ええ、契約されてると思う」
嵐がマスターって呼んでたから、と不安げに言う。
それを紙に書き加えていると、横から叶子が袖を引っ張った。
「なぁ、GOU。契約って何だ?」
小さな声で囁かれたその疑問に、はっと気付く。その答えは術師ならば全員知っていることだが、彼は術師ではなくその答えを知らないということ。
「――術師と精霊というのは、もともと協力しあうもの。術師は精霊に古代の言葉で話しかける。どちらが上とか下とかはない。ということを踏まえて」
一息いれる。KENとRAINも話を止めていた。
「契約とは、精霊が術師に対して“あなたの僕(しもべ)になります”と誓う、もしくは術師が自分の僕になってくれと精霊に頼んで受けていれてもらう、ということ」
カトリィナとKENの方を向く。
「彼らは契約を結んだ者たち。対して、私と炎華は契約を結んではないない」
何が違うと思う? と、話かけると首をかしげながらしどろもどろに言う。
「――炎華さんには、選択の余地が……あるってこと?」
まぁそんなもんだな、とKENが口をはさんだ。
「カトリィナには俺が頼んだこと――俺の命令を拒否する権利はない。でも、炎華が契約しない限り彼女は誰の命令も聞く必要がないんだ」
あともうひとつ、と今度はRAINが付け加える。
「契約すれば、双方の力があいまって、より強い力を持てるようになるのよ」
ってことは普通に精霊と協力関係にあるより、強いってことなんだ、と訊ねるので、そのとおりと苦々しく返事を返す。
なんとなく分かった、と答える叶子がふぅっとため息をついて、机上の紙を見やる。
「……おれ、本当に過のこと知らないんだな――」
術師自体、良く分からないし、と付け加えて、またため息をついた。
それを横目で見る。術師のなかで、術師でいないというのはどれほど非常か。そう感じるほど閉じられた生活をしてきたのだと、術師のGOUは国(トゥクルトスニー)を想う。
「知らなくていい」
KENが叶子に声をかけた。はっと見上げた彼に、いや知らない方がいい、と続ける。
「自分が復讐する者がどんな者なのかなんて、知らない方が良い。後で自分が辛くなるだけだ」
君は過を憎む、それを覚えていればいい、と言われる。
「――分かった」
叶子がそう答えるのを見た。
とりあえずは過がいるという情報のあった方へと足を向けることにする。村で馬を借りて、それを足とした。
過を討伐する旅に出て、数日。それぞれがまだ先は長いと感じていた。
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