晶を抱えた男は、建物の二階に張り出したテラスへと飛んだ。窓から中をうかがっている。晶もならってみると、波打つ金の髪を持った青年がベッドに横たわっていた。彼は膝まで届く黒い上着を着ている。
男は窓を開けた。ギィと音がする。その音で、青年は跳ね起きた。
「っ、何だ。びっくりしたじゃん」
男を見ると、安堵したように息を吐いた。それを気にせず、男は口を開く。
「頼まれてほしいことがある」
「……お前、ほんっとにおれのところ来る時って何か頼みごとがあるときじゃないか? 普段は近寄ってさえこないくせしてさ」
呆れた声を出しつつ、部屋へと男を誘った。晶は抱えられたままだ。
「で、まずその女の子のこと、聞きましょか」
自分を指され、驚いた。思わず口を開き名乗る。
「晶と言いマス」
「鳥人だ。拾ってきた」
補足した男に、青年は「拾うな」と突っ込みをいれる。
「DO、頼まれて欲しいのはこれのことだ」
「――何さ」
「母親の元へ行きたいそうだ。連れてってやってくれ」
DOと呼ばれた青年は、面倒くさそうに頭を掻いた。前髪が揺れ、隠れていた右目に眼帯をしているのが分かる。
「母親の居場所は?」
「さあ」
その答えにDOは攻め寄る。
「おい、それもおれに見つけよっていうのか? そんな面倒なこと押し付けんなよ」
「確かに、自分は知らない。でもあいつが知ってるさ」
その言葉に怪訝そうに聞き返す。
「あいつだよ。キョウ国で一番おまえと親交のあった――」
「分かった、要するにお前はあいつの元にこの子を運んでくれということだな?」
ご名答、と男は笑った。理解が早くて助かると呟いた言葉が耳に入る。
「じゃあ、あとはよろしく頼む」
抱えられていた晶は、やっと下ろしてもらえた。自分を包んでいた布をかき寄せる。寒いのだ。
その間に男は窓からまた出ていき、部屋にはDOと二人残された。
「えっと、晶ちゃんで良かったかな」
その言葉にうなずいたのと同じく、扉がノックの後に開いた。
「……何しているんですか?」
DOより数段背の高い男が立っていた。呆れ顔で。
「また女を連れ込んでるんですか? あれほど、この国で遊ぶのはお止めくださいと頼んだはずですが――」
「ちょいまち、そうじゃなくて! この子は頼まれものだから!」
呆れ顔の男につかつかと歩み寄り、その手に紙幣を握らせた。
「鳥人の服、買ってきて。あと食い物」
その言葉に不服そうにしながらも、承知しました、と言って出ていく。
「ごめんね、あれおれに付き従っている奴。いま服持ってきてもらうから」
言いながら、傍らに置いてあった鞄から何かを取り出している。
「これは何デスカ?」
思わず訊ねると、地図だと返ってきた。指が一点をさす。それは地図の右端の方であった。
「今はここ。カ国の首都。で、これから行くのはここ」
指が左に寄り、それから上へと進んだ。読めなかったので、訊ねる。
「キョウ国。ここで君のお母さんのことを知っているらしい人に君を預ける。そうしたら、お母さんに出会えるよ」
思わず笑みを浮かべた。すると、頭を撫でられた。
「おれも願ってるよ。君のお母さんと君が出会えることを」
「お願いしマス」
ゆっくり頭を下げた。
まず渡されたのは、白く柔かい布地で作られた膝下丈のワンピースだった。袖は指先に近づくほど、広くゆったりと布が取られている。その後、首の詰まった朱の袖なしの上着を渡される。前後が腰から分けられていて、丈はワンピースと同じほどあった。
それらを手伝ってもらいながら、身につける。すると、温かさが身体に満ちた。最後に垂らして合った髪を頭の上の方でひとつに結わえてもらい、皮で出来た靴を履いた。
「さて、準備が整ったところで、そろそろ出発しますか」
DOが伸びをしながら言うと、従者が何も言わず馬を二頭ひいてきた。DOの前に乗せてもらう。ほどなく馬は走り出した。
リズミカルに走る馬の上で揺られながら、後ろから話しかけられた。
「君はどこの人?」
「ドコ?」
首を傾げると、苦笑して言い直された。
「今まで、どんなところにいたの?」
「――白い、ところ。雪が降ると、何も見えないノ。お母さんいなくなった時、とてもさみしくなったところ」
「とてもさみしかったんだね?」
うなずくと、その時の思いがよみがえった。涙もこぼれてくる。溢れ出した鳴咽を止める術もなく、馬の短い毛を濡らした。
「分かるよ、おれも家族に会いたいんだ。でも、会えないんだ」
「? DOサンもさみしいノ?」
うなずいたのが、顔の横にたれてきた髪の毛で分かった。
「だから、君のことはちゃんとお母さんのところに連れていってくれる人の元へ連れていってあげる。約束するよ」
「約束、デス」
目尻にたまった涙を手で拭って、笑った。
「その、人はどんな人デスカ?」
振り返ると、懐かしそうな顔を見せる。
「聞きたい?」
「ハイ」
何から話そうか、と彼の楽しそうな声が上から降ってきた。
ほどなくして彼の口から述べられた人物像は、とても堅くてそして優しい人だと知れた。
晶はその人に会うのが、楽しみでならなかった。
幾度かの野宿を経て、高く黒い門の前へと着いた。
「さあ、これからキョウ国だ。行こうか?」
DOのその問いに、晶は元気よく返した。
「ハイ!」
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