最初、何が起こったのか分からなかった。ただガタガタという大きな音とともに揺れが激しくなっていくのを感じた。何かが船にぶつかっているようだ。
「ワーチ……」
心細くなって隣の彼女を呼ぶと、つないでいた手に力を込められた。晶も握りかえす。ガシャンとつくえの上から皿が落ちる音がした。ワーチについていたのだろう風の精霊が守ってくれているから害はないが、他の客は傷をおっているかもしれない。
「ワーチ、外見てきマス」
「だめっ!」
外へ出ようとすると、手をひっぱり止められる。
「何言ってるの! 給仕や船員が見に行っているんだから、わたし達はここにいればいいの!!」
でも、と反論したくなる。誰かに呼ばれているような気がしているのだ。無性に外へ行きたかった。
そうできないかわりに、入口へと目をこらした。扉の向こうに誰か、いる――。
「あっ……」
半開きの扉から飛び込んできたのは、左右で色違いの翼を腕のかわりに持つ鳥人だった。すぐに、耳元に小さな翼が生え、腕は人と同じものをもつ晶と同じ姿へと変わった。
「晶はいる!?」
その言葉に思わずばっと立ち上がる。ワーチに慌ててしゃがまされるが、その鳥人はこちらへと向かってきた。
「晶、知っている人なの?」
耳元で小さく訊ねられたそれに、かぶりをふる。
(知らないデス。けど……)
どうしてか、この人は危ない人ではない気がした。
そのうち、鳥人は目の前でしゃがんだ。
「晶、GOUから聞いているでしょ? お母さんのところへ行くよ」
その言葉に、迎えは茶と黒の色違いの翼を持った鳥人だと教えられていたことを思い出す。うなずきを返して立ち上がろうとする。
「ちょっと待ってよ」
ワーチが横から口をはさんだ。
「迎えは着いた向こうで待っているんじゃないの? しかも、この揺れは何? あなたが起こしたものじゃないでしょうね?」
「……あなたは?」
返された質問に、晶とはこの船で会った、と言った。晶は友だちになったのデス、と付け加える。
「そう、友だちね。そりゃ心配するわ、ごめんなさい」
彼女はワーチの方を向いた。晶はその横へと座り直す。
「さっきの質問だけど、この揺れはあたしがおこしたものじゃない」
「じゃあ、誰が?」
「――晶は特別なのよ」
さらり、と髪の毛を撫ぜられる。くすぐったくて、少し肩をすくめた。
「鳥人は卵からでも胎(はら)からでも生まれることができる。晶は卵から生まれてる。普通卵の中には二十二日ほどしかいない。でもこの子は十年もの間、卵のなかで過ごした」
晶は彼女を見上げた。そう言われれば、長い間ゆらゆらとゆれる水のなかですごしたような気がする。
ワーチは長さに驚いて言葉が出てこないようだった。
「ワーチさん。この世には、めずらしい鳥ばかりを集めようとしている人がいるのよ」
その言葉にはっとしたようだった。晶はそれがどういうことを指しているのか、分からなかった。首をかしげていると、その手をワーチにとられた。
「晶。お母さんにぜひとも会って。わたし、願っているからね」
その言葉にハイと返事した。そして迎えに来たその人の元へにじり寄った。
「ワーチさんも、ご無事で。あたし達が船から離れたら、揺れはおさまると思うし」
彼女は言いながら晶を胸に抱く。腕が翼へと変化した。
「お願い、絶対つかまってて。あたしはあなたを支えることができない」
言われた通りに、首にしがみつく。そしてワーチへバイバイと声をかけた。
途端、扉の外へと飛び出される。大きな風で離されないよう手に力を入れた。
「雨露!」
後ろから聞こえてきた声にぎょっとする。けれど、雨露と呼ばれた彼女は嬉しそうに後ろを振り返った。
「今、南が手薄だってさ。抜けるなら、今行った方が良い」
「ありがとう」
その情報を聞いた途端、方向を変える。風の当たりが少なくなったので、晶はほっとした。
「あの……雨露さん?」
「何?」
ありがとう、という言葉と、この人と自分の関係を訊ねるのと少し迷って、ありがとうと先に伝えた。
「いいえ、こんなこと平気よ」
にぃ、と笑う。そのすぐ後、旋回した。うわっと声を上げて、しがみつく力を強めた。
「――ごめん、後ろから来たわ」
その言葉にちらりと見ると、空が黒かった。良く見れば、黒いのはすべて鳥人――。
「ひぃっ……」
スピードをあげて、雨露は飛ぶ。しがみついている手にしびれが走ってきた。足も身体にかけさせてもらう。
横に黒い翼を持つ鳥人が飛んできた。その途端、雨露は高度をあげる。その人が追ってくるのを見て、急降下する。
ぴしっと頬に何かが当たる音がした。熱くなって、血が流れ出すのが分かる。
「大丈夫?」
「ハイ、大丈夫デス」
顔が濡れるのが分かるけれど、今手を放すと、落ちるのは確実なので、拭うのを我慢する。
「雨露! こちらに彼女を渡して」
声がした下を見ると、先ほどの方向を教えてくれた彼女がいた。
「晶、彼女が下を飛んでくれているね。あなたはあたしから手を放して、彼女の背中に乗って。後であたしは合流するから」
少しおいてから、しっかりうなずいた。彼女がカウントをとってくれている。三、と言ったのを聞いて、手を放した。
身体を返して、晶は下の鳥人へと落ちていった――。
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