壁に張られた対戦表を見上げた。四枚の紙に書かれている。ようするに、一枚につき一人が選ばれるということなのだろう。
 自分の名前を二枚目に見つけるのと同じくして、肩を叩かれるのが分かった。
GOU(ゴウ)、何枚目だ」
「二枚目だった」
 後ろを振り返る前に、そう答える。振り返ってから、お前は? と訊ねた。
「俺は、三枚目だった。ということは、一緒になるな」
 赤で揃った髪と瞳をもつその青年に手を差し伸べられた。それをまだ早い、と言って切り捨てる。
「今回は(グオ)が関わっている。名を上げたい奴はごろごろいる」
 まぁな、と返してくる。
「けど俺らはそんな甘っちょろい考えの奴らには負けないよ」
 その言葉に、唇を噛みしめた。
 数日前にREAT(リート)と連絡を取り合った。女王の身体はますます冷え、死体のようだと言っていた。急がないと、女王は――。
「女王が――の前に決着付けたいな」
 胸中を代弁するように青年が言う。あぁ、と返事した。


 この討伐隊員を決めるための試合――関係ない者は競技会と呼ぶこの試合は、二日間行われる。方法は勝ち抜き試合。それぞれのグループで、一位となった者が討伐隊として一種名誉を受けるのだ。
「――KEN(ケン)、今回手強そうなのは誰かいるか?」
 手ごろな酒場へ入ると、麦酒を頼みあおった。KENと呼ばれた赤髪の青年はうなる。
「さあね。一級術師は皆油断できないだろうし。あと、四枚目の虎人(フーレン)
 術師じゃないって戦いにくそうだ、とごちるKEN相手に、虎人? と首をかしげる。なんでそんな奴が申し込みしているんだ、と訊ねた。
「最終日にわざわざ過を訪ねてきたそうだよ。確かトーコ国(ラウ・レギト)の族長も殺されていただろう、過に」
 仇討ちか、と呟くと、まぁねと返ってくる。
 興味なさげなKENの顔を見ながら、GOUはその虎人に会ってみたいと、興味を持った。


 日が昇った直後に、試合は始まる。円形競技場には多くの人が集まっていた。
(――見世物、か)
 この中心に立つ者は皆真剣なのに、観客はそれを楽しもうとしている。それに皮肉さを感じて顔を歪めた。
「――炎華(エンカ)
 気を取り直して名前を呼ぶと、どこからともなく火炎の精霊が現われる。薄布をまといじゃらじゃらと装飾をつけた女の姿をしたそれは、わざとらしくおじぎをする。
 よろしく頼む、と口を開くと、今回だけ、と返ってくる。
『長い間、働くのは性に合わないの。けどまぁ、惰眠をむさぼるのも、飽きていたところ。今回は楽しませてもらう』
 にやりと彼女が朱を引いた口端を上げると、火の粉が舞った。それを見てから、音をさせて、円形の石で作られた台へと上る。向こう側には最初の相手がすでに立っていた。
『ふぅん』
 炎華が楽しそうに笑う。目の前に立っているのは、二級術師の一人だ。けれど彼女が見ているのはその後ろでふわふわと浮かんでいる雨水の精霊だろう。
「両者、よろしいですか」
 審判が声をかけてくる。それにうなずくと、長い杖で地面を叩く。
「それでは、開始!」
「炎華、頼む(トゥセウケル)
 開始の合図と共にそう声をかけると、楽しそうにゆらゆらとその雨水の精霊の元へと向かった。
 相手は近づいてくるとは考えていなかったらしい。慌てて精霊に合図する。
 術師は精霊と対話しその力を利用することができる。だからこういう試合となると、利用できる精霊をどう用いるかが、試合を決めることになる。
 精霊にはやはりその属性において、苦手な相手がいる。火に属する炎華にとって水の属性はその苦手な相手に入るのだ。だからこそ、相手は遠くから攻撃を仕掛けてくると思っていたのだろう。
(はっ……)
 思わず嘲笑する。
 精霊にも級があって、それは術師と違い一目で分かるもの。そしてたとえ苦手な相手であっても、級に差があればその力を押さえることはできる。
(それぐらい、読めないといけないだろう)
 炎華はスピードを上げると共に、自身の炎を大きくする。その威力に向こうは驚いたようだ。身体を震わせて水滴をまいている。
『覚悟して』
 赤い爪をした指をそれへと伸ばす。ジュッと音がした。
「ちょっ、ちょっと!」
 向こうの術師が慌てたように精霊に近づこうとする。精霊も助けを求めるように、術師の方を見た。その間にも炎華の指から伝わる熱が、水を空気へと放っていく――。
『降参、という手があるけど』
 炎華が降らした火の粉を払おうとしている術師に声がかけられる。はっとして、彼女を見た後GOUの方を見た。
「――ちっくしょ、お前汚くないか!」
「何が」
 罵りの言葉に、冷たく返す。
「こんな上級の精霊連れきて、おれの精霊殺す気か! そこまでしなくてもいいんだろう! 助けてくれよ!」
「じゃあ、降参すればいい」
 うっと詰まった。顔が醜く歪んでいる。口の中で、せっかくのチャンスなのに、と言うのが聞こえた。
「するのか、しないのか」
 いつまでも結論をださない彼にそう訊ねる。その間も雨水の精霊は身体を失っていっている。それを見た術師が憎々しげに答えた。
「するかよ、降参なんて! せっかくのチャンスなんだよ! これで認められれば一級だってもらえるかも……」
 一際大きなジュッという音が、術師の声を打ち消した。かすかな叫び声が風に乗ってくる。音のした方を見れば、開いていた炎華の手が力いっぱい握りしめられていた。歯を食いしばっているのが分かる。そして、そこにはあの精霊はいなかった。
「なっ、お前――!」
 慌てた術師の声に、ぎろりとこちらを向いた。つかつかとそれに寄ると、その熱い手を顔に押し付ける。肉の焼ける匂いがただよった。思わず顔をしかめる。
「炎華、やりすぎだ。やめてくれ(ポトゥス エサエルプ)
 そう言うと、しぶしぶ手を放し、外へと駆け出していく。顔面をやけどしたその術師は後ろへと倒れていく。その顔は焦げ目で彩られていた。
 審判に顔を向けると、震えた声で勝利を告げられた。それを聞いてすぐに、去っていった炎華を追いかける。
「炎華!」
『……あんな奴、いらない』
 火の粉が舞う。それを避けて、近付いた。
『どうせ、自分のことしか見ていない。あんな奴、術師じゃない。精霊は奴隷じゃないのに、対等に見ないなんて』
「でもそんな奴ばかりだ」
 くるりとこちらを向く。
『そう。もう今は“頼む(トゥセウケル)”と言ってくれる術師も少なくなった』
 苦しそうに眉をよせた。炎華、と呼ぶと、どうしようもないのは分かってる、と返ってきた。
『――GOU。最後までつきあう。あいつらなんかに、名誉を与えてたまるものですか』
 苦しそうな表情で、言葉を紡ぐ。GOUはそれに笑みを浮かべて言う。
頼む(トゥセウケル)
 そして脇を通って、円形競技場から出た。
 競技会は始まったばかりだ。

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