意識が戻ってきたのが、分かった。叶子はうっすらと目をあける。
(……どこだよ、ここ)
ゆっくり身体をおこす。風が吹いているのかと感じたが、それは水の揺れのようだった。水の中にいるのだ。きょろきょろと周りを見回すと、GOUが座っているのが見えた。
「GOU」
名前を呼ぶと、ぽこぽこと空気の泡が口から出ていく。途端に息することを思い出し、次いで苦しくなってきた。
「GO、U」
「口の中に入ってるものを噛む。そうすれば、息ができる」
振り返った彼の言う通りに、何か口に入っているものを噛んだ。するとだんだん息が楽になっていく。
「この植物は息をするのに必要な成分を生み出してくれるものだ。――彼らは私達を殺そうと思ってるわけじゃなさそうだ」
自分の周りでは、藻の様なものがたくさんゆらゆらと揺れている。これがその植物なのだろう。白い壁に包まれた部屋には、他にも快適に過ごせるような工夫がされていた。
「お目覚めですか」
外から声が聞こえた。GOUが起きてると返すと、中に二人の魚人が入ってきた。一人は男身、もう一人は女身だ。二人とも長い髪を揺らしている。彼らは頭を下げた。
「先ほどはご無礼をいたしました。もうしばらくこの部屋でお過ごしください」
何だそれ、と口を開きかけた叶子を止めて、GOUが頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます。王はもう長くないのですか」
「……王?」
何の話をし始めるのかと思った。
「はい、もうしばらくと聞いています。事情をご存知なのですね」
多少はと返すGOUにありがたい、と言って魚人が頭を下げていく。叶子は疑問をたくさん抱えながら、GOUに詰め寄った。
「どういうことだよ」
「魚人が次の王を決める方法を知ってるか?」
「は?」
確かに王が長くないのであれば、次の王を決める必要が出てくるのは分かるが。
「魚人というのは、必ず兄妹か姉弟で生まれてくる。だから王になるのもその二人でなるんだ」
だからさっきの魚人も二人で挨拶に来たのかと納得を得る。
「それと、王になりたいという者たちの中から、もっとも狩りのできるきょうだいを王にする、という決まりがあるんだよ」
「……もしかして」
嫌な予感が背中を伝っていく。GOUは平然と言い放った。
「私達は、その狩りの獲物とされたようだ」
「冗談じゃない!」
きびすを返して部屋から出て行こうとする。しかし、この部屋には扉というものがないように思われた。しかし彼らは――魚人たちは入ってきた。湾曲した壁を探っていくが、いっこうに見当たらない。
くそ、と汚い言葉を吐いて、元の場所へ戻る。自分が寝かされていたのは、ごつごつとした植物で出来た長椅子だった。音を立ててそれに身を沈めた。
「……で、そもそもその狩りはいつ終わる?」
「分からない」
不安げな様子もなく言い切ったGOUを前に、ため息をついた。じゃあ、いつ過のことに戻れるのか分からないってことかと。
「けれど、私達はもうすぐ解放される」
「は?」
(狩りが終わっていないのに、解放?)
疑問に思ったのが表情に現われたのだろうか、彼は説明してきた。
「この狩りは、何を狩ったのか公表して認定がされたなら、その物を返却してもいいことになってる。むしろそうする魚人の方が多い」
「他国との関係が悪くなるのは嫌だからか」
叶子が口をはさむと、そういうことだとうなずかれた。
「まあ、数日中には解放されるだろう。KENたちにはちゃんと先に進むよう伝えてもらってあるし大丈夫だ」
まだ何かもやもやとしているが、とりあえずは無理やり納得しておいた。
GOUの言うとおり、このあとまた来た男身の魚人に身元を言うと嬉しそうに建物から出してくれた。砂を少し掘ると、せまい入り口が見えた。出てから振り返るとそれは巨大な巻貝であった。
「すげーな……」
おもわずつぶやくと、GOUも同意するようにうなずく。それをじっと見つめながら、導かれるままに進んでいくと、大分歩いたところで魚人が振り返る。
「本当に協力ありがとうございました」
「いえ、王に選ばれること、願っております」
GOUが頭を下げる。あわてて叶子も下げた。GOUがくすりと笑う。
「今から地上へとお送りいたします」
魚人はそういって叶子たち二人を抱きかかえた。ゆっくりと上へ泳いでいく。
水面からは、光が入ってきている。それがだんだん近づいてきていた。そして、水の衝撃をうけた。それで海面に出たのを知る。口に入った植物を吐き出した。近くの岩にしがみついて、地上へとあがった。海面に上半身を出した魚人を見る。
「姉とも相談したのですが、あなたたちにはお世話になりました。良ければお礼させてください。何か助けが欲しい時およびくだされば、お助けいたします」
彼が頭を下げた。そんないいですよと言うと、いえさせてください、と返ってくる。困ってGOUを見やると、ありがたいと頭を下げていた。
「魚人たちは恩義を感じると聞いています。それを受けられるのは、光栄です」
いいのか、とねめつけるが、聞く様子がない。しかたなく叶子も頭を下げた。
本当にいいのか、と聞くと、あぁ大丈夫だ、と答えが返ってくる。
「魚人の贈り物は受け取っておいて損はない。受け取らない方が失礼にあたるし」
詳しいんだな、と声をかける。さっきも聞いただろう、と言われた。
「私はショウ国の宮廷で術師として仕事をしている。あそこは、ショシ国のあるトラトス湾に面しているから」
それよりも、とGOUが言う。
「先に進んだKENとRAINを追わなくちゃいけないな」
そうだな、と叶子は返す。魚人の贈り物はちゃんと受け取っておこうと決めた。
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