窓から外をのぞくと、黒々とした空が近づいてくる。ぶるっと身体を震わせた。その場に立ち止まってしまう。
(セイ)、はやく!」
 横から手が伸びて、激しい音と共に板が落ちてくる。窓がそれでふさがれた。それを皮切りに、足を動かす。階段を一つとばしで下りていく。ぐるぐると回りすぎて何段降りたのか、何階を過ぎたのか全然分からなかった。
 後ろから(リン)が窓を次々と閉めていく。激しい音が絶え間なく響いた。そして闇が後ろから迫ってくる。頼りは、雨露(ウロ)の持つ灯りだけとなっていく。
「晶!」
 いらいらしたように雨露が呼ぶ。その声にうなずいて、速度を上げた。もう足がきちんと段を踏んでいるかどうか確かじゃない。もしかして飛んでいるのかもしれないとばかなことを考えた。
 一階に着くと、父がつくえをどけていた。雨露が駆け寄りその下にひいてあるマットをけり上げる。その隠された部分に、地下への入口があった。小さな起こして使う取っ手と、人ひとり通れそうな穴があくだろう切り込みが入っている。父の手が取っ手へと伸び、重たそうなその扉を開けた。その奥には暗闇が広がっている。
「ここは貯蔵庫で、暗いしほこりっぽいんだけど、がまんしてね」
 雨露に手を引かれ、その入口へと歩を進める。続いて入ってくると思っていた姉は途中で手を離した。
「っ! お姉さん!?」
 驚きと共に放たれた呼び声には、反応がなくかわりに音を立てて入口が閉まる。
「晶、聞こえる?」
 くぐもった声が聞こえた。雨露の声だ。
「シェイのねらいはあなた。だからあなたはここにいて。ここにいる限り、安全だから」
「おっ、姉さんたちはどうするンデスカ!?」
 衣擦れの音が聞こえる。立ち上がったのだと、分かった。一巡したであろう、少し間を置いて答えは与えられる。
「――外へ行くの」
「どうしてデスカ!? どうして、一緒に逃げないのデスカ!?」
 ばんっと扉を叩く音がした。その音に身をすくめる。
「あなたを守る、そのためなの!」
 激した声が鋭く地下へと届く。それは反響して幾重にも聞こえた。その後で、しずかな声が聞こえる。
「……あたしに妹がいるって聞いて、どんなに嬉しかったか。ここであなたを失いたくない」
 言葉が出なかった。その間に、マットとつくえが直されるのが分かる。そして、雨露が出て行く音がする。ほどなくして扉がしまった。かぎがかかるのが分かった。
 その音ではっと気付く。
「出してクダサイ! ワタシを出してクダサイ!!」
 自分のために、家族が犠牲になるなんていやだ。どんなに強かろうと、あんな大勢の集団に立ち向かえるはずがない。
 ここにいれば、自分は助かる。でも家族は助からない。自分が出ていっても何の役にも立たない、むしろ足手まといになることは分かってる。でも何もしないでいたくない。このまま見てるだけはいやだ。
 それでも、声は貯蔵庫で反響しただけで、外から返答はなさそうだ。
 他の人の力をかりて、ここを出るのは無理だ。だれも出してあげようなんて考えない。もしあるとすれば、シェイが自分を捕らえに来た時だけだ。
「いやデス」
 ぽつりともらした。やっとお母さんに会えた。お父さんにもお姉さんにも会えた。やっとやっとなのに。
 このまま、ずっとここにいるのはいやだ。
 扉を持ち上げようとする。けれどしまわれた取っ手は鍵の役目もするのだろうか、びくともしない。けれどそれを続ける。
 手が白くなっていく。だけど、止めない。感覚がなくなっていても、それをおし続ける。
「っ……」
 それでも、びくともしない。しっかり閉められたようだった。ここは貯蔵庫らしい。きちんと閉まるはずだ。
 この扉から出るのをあきらめて、ろうそくに灯りを点けた。下りるのが途中になっていた階段を下り、辺りを照らす。干し肉や野菜がたくさん積まれていた。
(こうやって食べ物がたくさんあるなら、台所へ出る扉もあって良いデス)
 天井を照らしてみる。しみひとつないそれを丹念に調べていく。
「!!」
 さっと灯りを通したその場所を、もう一度照らす。
「――ありまシタ」
 四角く切り込みが見える。けれどこちらは階段がないようだった。辺りを見回すが、はしごらしきものもない。上の階に置いてあるらしい。
 一つ木でできた箱を持ってくる。叩いてみると、意外としっかりしているようだ。切り込みの真下に置いた。
 靴を脱いで、その上に乗る。手を伸ばしたが、その切れ込みには届かない。もう一個、上に積み上げる。
 少し安定が悪くなったが、仕方ない。よじ登るようにして箱の上に立つ。今度はしっかり手が届いた。力を入れて押し上げる。
 やっぱり使う頻度はこちらの方が多いらしい。わずかに扉があがる。その変化が嬉しくなった。
(ここから出れマス!)
 そのままおし続けると、突然扉が抜けた。その反動で、足元の木箱を蹴り落としてしまう。思わず扉の抜けた入口の縁をつかんだ。
「危なかったデス……」
 ため息をついてから、そのままよじ登った。靴を脱いでしまったことを後悔した。
 広がったスカートがじゃまになったが、やっと地下から抜けられた。
 やはり出た場所は、台所のようだ。かまどはすすけている。台の上には、果物が籠に積まれて置いてあった。その台の横に、他の部屋へ抜けるだろう入口があった。
 すぐさまそこを抜けた。部屋の仕切りかわりにたれていた布を押しやり、そのまま玄関の扉へと向かう。
 皆はここから出なかったのか、金属の紐でぐるぐるまきにして、あけられないようにしてあった。晶はそれを引き剥がそうとする。
 外からは音がする。刃と刃が当たってはねる音が。翼のはためく音が。そして、切り裂くような悲鳴が。
 やみくもに手を動かしていると、それの切れ端が見つかる。それを糸口に今度はていねいに取り外していく。
 がしゃんと音を立てて落ちる。その手を扉にかけた。見たくない、そんな思いが眼をぎゅっとつぶらせる。
 勢い良く扉を開けて、そっと眼を開けた。

 目の前は白の世界だった。


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