GOUはふと目が覚めた。まだ日は昇っていない。けれど二度寝はできない性分なので、ゆっくり身を起こす。
新たに薪を拾ってきて、ついでに近くの川で顔を洗う。冷たい水が染みた。
昨日と同じ場所に火を起こす。昨日の兎の残りがあったはず、と荷袋を覗き込む。丁寧に小さな袋で包まれたそれを取り出して、鍋に飲み水と一緒に入れ火にかけた。
水がお湯に変わる頃、日が昇り始める。同じくしてRAINが起きてきた。
「早いわね」
目が覚めてしまったから、と答える。彼女は横に腰を下ろした。それを見ながら、調味料をお湯に加え、スープにする。頃合いを見て、刻んだ山草も入れた。
「美味しそう。とりあえず後の二人も起こしてくるね」
匂いをすいこんでから立ち上がったRAINに、頼むと声をかけた。
朝の空気は透き通っていた。その中に、湯気が交じる。それを見ながら、昨日の話を思い出していた。
(なんで、話してしまったんだろう……)
不思議だった。誰にだって自分の感情を見せないように、生きてきたはずだったのに。
「叶子、か」
なぜか彼が気になる。自分との縁はただこれだけじゃない。もっと深く関わっているような気がする。歯車の歯ががっしりと噛み合うように。
だからこそ、話してしまったのだと思う。だけどその運命がどこへ導いていくつもりなのか、見当がつかない。
そっとため息をついた。自分が分からないなんて、初めてだ。
「GOU、早いな」
RAINと同じ言葉をKENがかけてきた。こちらも同じ言葉を返してから、椀にスープをよそって渡す。
「おれのも、ちょうだい」
後ろから叶子がひょっこり姿を現す。苦笑しながら、スープを渡すと、うまそうと嬉しそうに呟いた。ずずっと音を立ててすすり始める。
遅れてRAINが戻ってくる。手には手紙が握られている。
「また手紙か」
問いに首をたてに振ってから、封を切る。こないだの手紙の送り主に、過を見張っておいてもらえるよう頼んでもらっている。彼女は地図を広げるように指示しながら、中身を読んだ。
「東北方、荒原を北上中。五日後には国境に着くって」
彼女の指が東の町から上へと動いていく。叶子がシシ国の北はどこだ、と聞くので、ロウ国だと答える。
「国越えられると何かと厄介だろ? となれば、五日以内には決着をつけなくちゃいけないってことか」
叶子があごに手をやる。悩むような格好をとっていた。
五日以内。GOU達はシシ国のほぼ中心部にいる。ここから過が国境を越えるまでに、北端まで行かなければいけない。
それこそ、精霊の助けを借りなくてはいけない。しかし良い案はなかった。
とりあえず鍋を火から下ろし、そのあとの処理を行う。川へ向かい、皆から回収した椀と鍋をすすぐ。水を切って、荷袋へとしまった。
叶子がKENに話かけるのを見て、輪の中へと戻る。
「あのさ、風の精霊は馬の足を早くすることはできない?」
その質問で、何を意図するかその場にいる全員が悟った。KENが素早く後ろで浮遊するカトリィナを振り返る。
『大丈夫。やり遂げる』
短く答えておじぎをした。それで、決定的となった。
周りの景色がまたたく間に過ぎていく。GOUは現われてきた炎華を見た。
「カトリィナはすごいな。馬四頭と人四人を同時に運べるんだからな」
『彼女は、とても力持ち。それは精霊の中でも上位を争うから』
早く移動できるのが嬉しくてたまらないらしい。火の精霊はこういうことは苦手なようなので、滅多にない体験なのだろう。顔がうきうきしている。
『GOU、知ってる?』
炎華が口を開く。何を? というと、肩に手を置かれるのが分かった。ほのかにあたたかい。
『精霊って本来、こうやって使われる。人と協力して何かを成遂げる為にいる』
もれた笑い声が聞こえた。その声が自嘲的に聞こえて、GOUは何も言えなかった。
「精霊は人と助け合う種族であって、人の下につく種族じゃないってことだな?」
叶子が口をはさむ。そう、と炎華が応えた。
「国も同じだな。いろいろな階級や仕事の者がいるけど、それらは下じゃなくて、同等にみなくちゃいけないよな」
炎華がもう片方の手を叶子の肩に乗せる。表情が和らいでいく。
『GOU、お願いがある』
「なんだ?」
振り返ると、肩に置かれた手が離れていく。
『叶子の近くにいたい。どうしてか、そうしなければいけないような気がする』
叶子の顔を見た。不思議そうな表情を浮かべている。なにがなんだか分かっていないのだろう。
「……おれはいいけど、術師じゃないから、ちゃんと助け合うことなんて出来ないぞ?」
それでもいい、と答えた炎華を見て、GOUはうなずいた。
「炎華、君がそれでいいと思ったなら、そうしてくれ。私に止める権利はないんだから」
『ありがとう(スクナハトゥ)、GOU』
深々とお辞儀する炎華の頭を撫でてやった。
『叶子、よろしく』
彼女が手を出す。叶子がぎゅっとそれを握った。
荒原の北西の枯れ林に入ってすぐ、KENが眼をこらした。そして指をさす。
「見ろ、あれ」
それを受けてRAINが声をあげた。
「過だわ……」
茶色の髪を風に遊ばせながら、太い枝に座っていた。彼の眼がこちらを捕らえて、にやりと笑うのが見える。
「やっと来たか。待ちくたびれたよ」
すっと枝から飛び降りる。近くにいた風の精霊――嵐(ストーム)がそれを手助けした。
「さぁ、はじめようか」
過はにやりと笑った。それは討伐される者のする笑いではなかった。
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